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梅雨入りが宣言されてから数日。お見事としか言いようがない程、雨に遭遇する日々が続いている。しかも朝は 雨が降っていなかったのに、帰る頃には雨が降っているという、一番憂鬱になる現象に今年はよく出会っている気 がする。ただでさえ、朝は忙しくバタバタしている時が多いので、ニュースを見てる暇がないということも多々あ る。可愛いお天気お姉さんがご丁寧に「夕方頃から雨が降りますので傘を持って出掛けましょう」と言ってくれて も、残念ながら聞き逃してしまうのだ。 「また降ってるー・・・」 おまけに学園祭実行委員なんて面倒くさいものになってしまった私。学園祭なんてまだまだ遠い、むしろ体育祭 の方が近いというのに早くも実行委員の仕事をさせられ、帰宅部だと言うのに学校を出るのは夕方過ぎや夜になる こともしばしば。そして、最近では帰る時に雨が降っているということも、既に見慣れた光景ではある。 しかし、そんな最近の私は折りたたみ傘を持つということを学習した。毎日鞄に入れておくのだ。天気予報を見 れなかった、なんて時だってもちろん大丈夫。そのおかげでここ最近は毎日濡れずに帰宅出来ている。 さぁ、今日も委員会の仕事を終えたことだし帰るか!下駄箱へ向かうと目に入るのは雨、耳に入るのは雨が地面 を打ち付ける音。土砂降りと言うわけではないようだが、小雨でもなく傘がなければ歩けないくらいの雨だ。傘を 持ってる私は特に気にすることもなく、いつも通り折りたたみ傘を鞄から出して帰宅しようとした。 「困りました・・・」 折りたたみ傘をパンと勢いよく広げたところで、聞こえるか聞こえないか程の小さな声が聞こえた。あと少しで この雨の音に掻き消されてしまいそうな程の小さな声だったが、私には聞こえたのだ。もう遅い時間の学校、と言 うこともあり少しだけ恐怖感を感じた。けれど、どうしても気になってしまい、声が聞こえた方を向いてみると、 見慣れた人が目に入った。 「あれ、黒子くん?」 「・・・あ、さん。今帰りですか?」 同じクラスの黒子テツヤくんだった。彼は少し特殊・・・というか、存在感がほとんどないと言うのだろうか、 クラスが一緒になったばかりの頃は、申し訳ないけれど彼の存在に気づかないことが多かった。けれど少し前から 隣の席になり、黒子くんの前の席にいる火神くんと喋っている姿なんかを見ると、周りと何ら遜色のない至って普 通の男の子だということが分かった。おまけに仲良くなると更に彼の優しい面がよく分かる。教科書を忘れた時だ って、机を寄せて見せてくれるし、消しゴムを落としたら拾ってくれる。今までは全く知らなかったけれど、彼は とても優しい普通の男の子なのだ。 「うん。学祭の実行委員会で遅くなっちゃって」 「そうですか、大変ですね」 「黒子くんは部活?」 「はい。ただ、僕だけ置いてかれてしまって・・・」 「あらら(相変わらず薄いんだなぁ)」 「せめて皆と帰れれば濡れずに済みそうだったんですけど・・・」 「え、もしかして黒子くん傘ないの!?」 「はい、持ってきてないです」 何ともまぁ意外だった。彼に対して、何となくしっかりしているイメージを勝手に持っていた。彼みたいなタイ プは朝の天気予報やニュースをきちんと見ているものだと思い込んでいた。そして、更にこれも勝手なイメージだ が、男の子はあまり折りたたみ傘を持ち歩かないと思っている。持ち歩くとしたら正に彼みたいな真面目そうな人 だろうと思っていたのだが、そうではなかったようだ。やっぱりそういうところも普通の男の子なんだなぁと思わ された。 「確か黒子くんのお家って、私の家と方面一緒だよね?」 「え?はい、そうだと思いますけど」 「じゃあ一緒に帰ろ!私、傘持ってるから」 「・・・良いんですか?」 「もちろん!」 「じゃあ・・・お言葉に甘えて。ありがとうございます」 初めて黒子くんと一緒に帰った。そういえば、彼と話す時はいつも隣の席で座っている状態がほとんどだったか らあまり意識したことがなかったけれど、私よりも背が普通に大きいことを改めて知った。火神くんと並んでる姿 をよく見ていたからか、これまた申し訳ないけれど彼に対しては背が大きくないというイメージを抱いていた。バ スケというスポーツをするにしては大きくないのかもしれないが、私から見れば充分大きかった。 「僕が持ちます」 「ありがとう」 そう言って傘を持ってくれたりするところを見ると、やっぱり男の子なんだなぁと思うし、たまに触れ合う肩や 腕もちゃんと固くてしっかりしていて、少しドキドキしてしまった。おまけに彼は紳士的な面も持ち合わせている 。優しいとは違った紳士的な部分。車道側を歩いていた私とさりげなく位置を変わってくれたことに、私は後から 気が付いた。彼が意識しているのか無意識なのかは分からないけれど、この雨とは正反対に私の心は温かい。 「すみません、結局家まで傘に入れて頂いて」 「ううん、通り道だから」 「助かりました」 「どういたしまして。じゃあまた学校でね」 隣の席になってからは以前より喋るようになったものの、今までそんなにしなかった彼の部活の話や趣味の話、 家族の話など、会話が尽きないほどお喋りをした。黒子くんって大人しいと思ってたけど普通に喋る人なんだ、そ う思うとますます普通の男の子のように感じられて、以前より親近感を抱くようになった。 翌日、学校へ行くと再度黒子くんにお礼を言われた。律儀なところが彼らしいとぼんやり思いながら、彼との距 離が少し縮まったような気がした。しかし、梅雨とは言えこの日は雨が降らず、私の折りたたみ傘の出番はなかっ た。 二日後、朝は雨が降っていなかったにも関わらず、授業終わり頃から雨が降ってきた。何故かは分からないけれ ど、こういう日に限って委員会の仕事に当たってしまうのは気のせいだろうか。今日も雨空よりどんよりした心で 遅くまで残るが、帰りがけに少しだけ晴れ間が差した。しかし、それは空ではなく私の心にだ。何と、今日も帰り がけに下駄箱で黒子くんに遭遇した。今日はバスケ部の練習ではなく、図書委員の仕事をしていて夢中になって遅 くなってしまったとか。おまけに今日も傘を持っていないとのことで、一緒に帰ることにした。前回と同じく、と ても楽しい時間を過ごしながら帰宅した。 三日後。この日は朝に雨が降り、帰る頃には止んでるという天気だった。何となく残念がってしまう自分がいる。 さて、ここで何故残念に思うのだろうかという疑問が自分自身に生じる。この時の私は、単純に朝は雨が降ってい たから折りたたみではない大きい傘を持ってきたのに、帰りには止んでいて荷物になったのが不愉快だったのだろ う、という面倒くさがりな自分を想像することで無理矢理解決させた。。 四日後、珍しく朝から晩まで晴天だった。紫外線を除けば、晴天なんて大好きでたまらないのに、雨が降らない のがちょっと寂しいだなんて。一体、私はいつから雨が好きになったと言うのだろうか。 一週間後、どうやら空と私の心は正反対らしい。空が晴れていると、私の心は曇り空。帰り際にも雨が降って いると、私の心は晴れ。この方程式がいつからか成り立つようになっていた。しかし、これで完璧な式が成り立つ わけではない。 「あ、また黒子くんだ」 「あ、さん」 「今日もバスケ部のみんなに置いていかれたの?」 「いえ。今日は残って練習してたらいつの間にか僕が最後でした」 また薄くて忘れられちゃったの?と冗談まじりに聞いたが、どうやら今日は一番遅くまで残って練習していたら しい。そんな一生懸命だったとは知らず、先程の自分の発言に少し反省させられたような気分になったが、彼は全 く気にしていないようだった。むしろ、少しご機嫌そうに見える。あまり表情を変えない彼だが、最近はその些細 な変化も分かるようになってきた。 「さんも今日はかなり遅いですね」 「学祭なんてまだまだ先なのに最近こんな時間までなんだよね」 「でも、ちゃんと一生懸命やってるんですね」 「黒子くんや部活やってる人とかに比べたら全然だよ」 「そうでしょうか。僕はさんも頑張ってると思いますけど」 「・・・ありがとう」 きっと彼にとっては他愛もない言葉だったのかもしれないけれど、誰かに認めてもらえたような気がして、少し 嬉しくて恥ずかしくなった。黒子くんは全く意識してないのかもしれないけど・・・いや、もしかしたら本当はし ているのかもしれないけど、たまにこちらが恥ずかしくなるようなことを平気で言う傾向があるみたいだ。 「あ、今日も傘持ってきてないの?」 「・・・はい」 「じゃあ一緒に帰ろうか?」 「いつもスミマセン。ありがとうございます」 もう雨の日に黒子くんと一緒に帰るのも日常的になってきたような気さえする。 私は彼と帰るこのひと時が、最近では一番楽しい。優しくて穏やかで、こんな時間があるなんて、ちょっと前ま での私なら知らないままだった。折りたたみ傘を持つようになった自分を褒めてあげたい。それに今日の黒子くん も相変わらず紳士的で、私の肩が濡れてるんじゃないかとか細かいところまで心配してくれる。それが嬉しくて、 彼は私の心をまた輝かせるのだ。 「でも、やっぱり意外」 「何がですか?」 「黒子くんってニュースとか全く見ないタイプなんだね」 「え・・・そんなことありませんよ」 「だって天気予報見てないから傘忘れちゃうんでしょ?」 「・・・・・・」 「黒子くん?」 「さんも意外です。いえ、意外じゃないかもしれませんが」 「え?」 「鈍感なタイプなんですね」 「ええ!?」 先程、彼はこちらが嬉しくなったり恥ずかしくなる事を平気で言う、と私は述べたがそれは逆も当て嵌まる。 残酷に聞こえるようなことでも、臆せずズバっとハッキリ言っているのを耳にすることが結構あるのだ。もちろ ん、相手の感情を考えているだろうから、オブラートに包んだり気を遣っていることも多い。けれど、特に火神 くんなんかには思ったことを結構ハッキリと言っているみたいだし、私にもたまにズシっと来ることを言う。 現に今がそうだ。それが、彼なりの心の開き方だと気づくのはかなり後になってからである。だから鈍感と言わ れてしまうのだろうか。恐る恐る、彼の顔を覗くと、驚くことに何故か口元に弧を描いていて、小さく笑みを浮 かべていた。その笑顔の意味が分からないのも鈍感だと言うのだろうか。 「ワザと、です」 ただ、その言葉の意味がわからない程、鈍感ではないことは私の鼓動が激しく物語っている。 |
花咲キューピッドの
小さな憂い
「今度は晴れてる日も一緒に帰りましょう。僕が送りますから」