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授業中、いつも横目で気づかれないように見ているあの人は、今日もウトウトしながら眠っている。彼の前の席 である火神くんも居眠りをして、教師に見つかって怒られても彼だけは気づかれない。不思議だけど、そんなとこ ろも魅力のひとつなのだろう。寝ている彼を何故かちゃんと見れないのは、このドキドキと激しい鼓動を奏 でる心臓が邪魔をしているからだろう。 火神くんの斜め後ろの席、そして黒子くんの隣に位置する私は、授業が始まる前も授業中も授業の合間の休み時 間も、心地好いドキドキを感じながら、毎日を楽しく過ごせている。これも全て黒子くんのおかげなのだ。 「黒子くん、寝癖すごいよ!?」 「お前・・・いつも思うけど授業中寝てるだけでどうしてそんな寝癖になるんだよ」 「すみません」 「あ、そっち側じゃなくて・・・」 ここで勇気を出して手を伸ばせれば、手を伸ばして彼の髪に触れて寝癖を直してあげることが出来たら・・・。 たったそれだけのことも出来ないなんて。伸ばしかけた私の手は、結局行き場がなくなって困り果てている。 戻した自分の手が可哀相に思えたので、スカートのポケットから手鏡を取り出し、黒子くんに見せてあげること で何とか生きようとした。 「ありがとうございます。わ、本当にすごいことになってますね」 「何、自分で言ってんだ」 「でもすぐに直るのもすごいよね」 どうやら私の可哀相な手も辛うじて報われたらしい。黒子くんにもう一度「ありがとうございます」と言って もらえて、私の手も心も充分に潤うことが出来た。こうして彼らの部活がない放課後に出来る他愛もないお喋り でさえ、楽しくて幸せなのだ。もしかしたら黒子くんは何とも思ってないかもしれないけど、私はただそれだけでも感謝して いる。 「黒子っていつもこうなのか?」 「え?」 「いや、たまに試合の時とか合宿ん時も寝癖全開だからお前といる時はどうなのかなと思って」 「え!?わ、私はあまり見たことないけど」 「当たり前です。さんと一緒にいる時はちゃんとするようにしてますから」 「ええ!?」 「・・・お前ってそういう風にサラッと言えるとこ本当すげーよな」 そう、彼はたまに人前だろうと二人きりだろうと、そして何処だろうとお構いなく、私を火照らせる言葉や行動を平 気でこちらへ向けて来る。火神くんにすごいと言われても「何がですか?」と何事もなかったように振る舞える のがまたすごい。彼みたいなタイプの人はそういう直球的な言葉を言わないと思っていたが、その価値観は一気 に拭い去られた。彼の傍にいるようになって、ようやく彼という人物を深く知ることが出来たのだ。 「でも、流石に一緒に寝たりしたら寝癖もごまかせねーな」 「え…えええええ!?火神くん、ちょ、何言ってるの!?」 「あ?何って・・・」 「いや、もう全然意味が分からない!ここはアメリカじゃないんだよ!?」 「いや、お前の言ってる意味の方が分かんねーよ」 「ええ!?もうバカなの!?バカガミなの!?」 「おい!何罵ってんだ!」 「いや、もうワケわかんない!ちょっと・・・さよなら!」 黒子くんも直球的な言葉や行動が多いが、その彼と仲の良い火神くんも同じ類の人間だと思う。彼もたまに恥 ずかしいことを平気で言う熱血な部分を持っているし、深いことを考えていなさそうなのに、ふと正論なことを 述べてきたりする。黒子くんと火神くん、何だかんだ言いながら案外似た者同士の友人なんじゃないかと、こっ そり思っていた。 でも、だからこそ余計恥ずかしい思いをするのは私ばかりだ。この前だって火神くんに「俺もバスケばっかだ けど、黒子もそうだろ?一緒にいて楽しいのかよ?」と言われ、何も言えない私に代わって黒子くんが「火神くんと一緒にしないで下さい。それと失礼なこと言わないで下さい」と言っていた。というか、私としてはそん なことを聞かれるだけでも恥ずかしい。そんでもって、もちろんバスケが好きな黒子くんも、私が好きになった 黒子くんの一部でもあるので一緒にいて楽しいに決まってる、けれどもそれと同じくらいドキドキしてしまう。 「俺、何か変なこと言ったか?」 「さん、恥ずかしがり屋なんです」 「そう見えねーけど、そうみたいだな」 「そんなところも可愛いでしょう」 「お前・・・」 「僕、ちょっと行って来ますね」 とにかく恥ずかしくなったので、ダッシュであの場から逃げて来てしまった。廊下の窓を突き抜ける夕陽が肌 に刺さるようで痛い。おまけに鞄は教室に置いてきてしまったので、もう一度戻らなければならない。しばらく ここにいて、二人が下校をしたあとを見計らって教室に戻ろう、そう決めた時だった。影を、感じた。 「さん」 「く、ろこくん」 「鞄忘れてたみたいなので持って来ました」 「・・・ごめんなさい」 それは鞄を忘れて持ってこさせてしまったことに対する謝罪なのか。それとも突然逃げるように飛び出して、 追いかけさせてしまったことに対する謝罪なのか。きっと両方だろう。居た堪れなくなって俯くと、影が更に近 づいたと同時に黒子くんの手が私の頭に乗せられた。そう、こういうことを平気でやってのけてしまう彼は本当 にズルイ。 「いつも練習ばっかでスミマセン。だから今日は僕と一緒に帰ってくれませんか?」 バスケ部の練習はほぼ毎日と言っていいくらいあるようで、おまけに黒子くんは自主練もよくしているようだ。 当然、二人でいる時間は少なくなる。たまにこうして一緒に帰ったり、部活のない休日に会ったり。でも、私は それだけで幸せだった。いや、幸せだ、と言い聞かせていただけなのかもしれない。本当はもっと黒子くんと一緒にいたいし 、少しでも傍にいたい。今日、黒子くんと一緒に帰れる数少ない機会を、私は逃げ出すことで消滅させてしまい そうになったのだ。それでも迎えに来てくれた黒子くんは、私のことをよく理解してくれているのだろう。「う ん」と小さく呟くと、滅多に表情を変えない彼の顔が嬉しそうな笑みを作った。 「今度・・・試合とか応援に行っても良いかな?」 「え?」 「あ、ごごごごごごめんなさい!図々しかったよね」 だから私ももっと、少しでも彼の傍にいたいと。彼のことをもっと理解したいと思った。今までは恥ずかしく て練習も試合も見に行くことは出来なかった。見に行きたいとも言えなかった。でも、それじゃあダメなんだと 気づいたのだ。 「嬉しいです。あ、でもさんが見てくれてるんだって思うと緊張しちゃうかもしれないですけど」 「そ、そんなこと」 「さんが応援してくれるならもっと頑張れそうです」 「本当?」 「はい」 「良かったー」 「・・・僕、自分勝手かもしれないけどさんを幸せにしたいんじゃないんです」 「え?」 勇気を出して聞いてみて良かった、と思ったのも束の間。何やら不穏そうな言葉を聞いてしまったような気が する。けれど、黒子くんの顔はさっきと同じように柔らかな笑みを浮かべている。その笑みに対しては全くの不 安を感じなかった。むしろ、少し眩しいくらいの笑みと穏やかな口調。 「幸せにしたいだけなんじゃない、一緒に幸せになりたいんです。さんと」 一緒に、という言葉がやけに胸に響いた。そう、私も彼の傍にもっといたい。支えてもらうだけじゃなくて、 彼が何かに躓いたり壁に当たってしまった時に少しでも寄り掛かれる存在になりたい。そう思ったのは、間違い ではなかった。 「僕が試合に勝った話をすると、さん本当に喜んでくれますよね」 「うん、それはもちろん・・・」 「それが嬉しいんです。そんなさんを見て僕も幸せになれるんです」 そういえば常にドキドキしていたからか、私は私ばっかりのことしか考えてなかったように思える。私ばっかり が幸せを感じているものだと思っていたけれど、どうやらそうではなかったらしい。 「だから、もっとたくさんの幸せを二人で一緒に感じていきましょう」 たった少しの勇気を出して受け止めてもらえたことで、ようやく繋いだこの手をぎゅっと握り返すことが出来たような気がする。 |
眠れるハートに
ゆっくりと口づけ
(僕を幸せな想いにさせてくれるさんを、僕も幸せにしてあげたいんです)