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男子バスケ部の朝は早い。だが、そんな俺達より毎朝早く体育館へ来て、毎朝練習をしている女子バスケ部員がいる。女子バスケ部は男子バスケ部程の華やかな経歴はないため、練習日、練習場所、練習時間においては必然的に男子バスケ部が優先される。そのため、彼女は誰よりも早く来て、先に練習をしているのだろう。 「おはよう、真太郎くん」 「今日も早いな」 「試合近いからね」 そう言って、体育館を出て行き今度は外へランニングをしに向かっていった。女子バスケ選手にしては大きくはない 、あんな華奢な体のどこにそんなパワーがあるというのだろうか。彼女に問い掛けるように、ボールを3Pラインのはるか後ろから放り投げる。引っ掛かることなく、静かにネットを抜けたボールが何となく答えを持っているような気がした。 朝練が終わり教室へ行くと、既に彼女は座席について1限目の準備をしていた。奇しくも俺と彼女は同じクラスな上に、隣の席だった。 「おい、」 「何ー?」 「今日は授業中寝るんじゃないぞ」 「え、バレてた!?」 「とっくにバレバレなのだよ」 そう述べたものの、彼女は器用に寝るため、おそらく誰も彼女が寝ているなんて気づいていないだろう。おまけに一番後ろの廊下よりの席なので、教師もなかなか気づいていない。では、何故俺が気づくか。隣の席ということもあるが、それはやはり彼女が俺にとって 特別な存在であるからだろう。ふと横を見ると、器用に寝る彼女の姿が何度も目に入った覚えがある。こんなことを言うのは非常に自分らしくないと思うが、愛らしい顔でウトウトしている姿を見るのは悪くなかった。 「では・・・次は」 「・・・」 「おい、」 「え!?え、っと」 「35ページ3行目だ」 「あ、ありがとう」 は俺の忠告通り、今日は居眠りをしないでいたようだ。では、何故自分が指されたことにすぐ気づかず何処を読めば良いか分からなかったか。どうやら次の試合に向けて 自分の課題や練習メニューを、必死にノートに書き出して考えいるようだ。寝るな、とは言ったが、これでは授業を聞いていないことに変わりはない。だが、教科書を読んだ あとも再び部活のノートに集中するを見たら特に何も言う気にはなれなかった。 そんな様子を今日の授業が全て終わるまで繰り返し、一体今日で何回に答えや教科書のページを教えてやっただろうか。。 しかし、不快になることは全くなく、むしろ逆に俺が変わりに授業に集中してやらねばならないという、よく分 からない気持ちに駆られた。 授業が終わればすぐに部活へ行き、いつものように一生懸命練習している。練習後もひとり残って外でドリブ ルの練習に励んでいることを、他の女子部員は知らないだろう。毎回男子バスケ部の練習が終わるくらい遅くまで残っているので、練習後はと一緒に帰るのが当たり前になっている。 「ちゃん、本当よく頑張るよなー」 「高尾くんたちだって頑張ってるじゃん」 「、行くぞ。こんなヤツと喋るくらいなら早く帰った方が良いのだよ」 「ひで!つか俺とちゃんの扱い違すぎじゃね?」 帰る頃にはもう空は暗い。家に帰ったあとはご飯を食べて、風呂に入って、寝るくらいのことしか出来ないだろう。特に女子ほど自分の時間を持ちたがると思っていたが、は「え、私はバスケの時間が自分の時間の一部でもあるけど?」とあっさり答えていたことがある。本人には言ったことはないが、は俺が認めている数少ない存在であり、尊敬の念を抱く存在でもあった。 数日後、今日は朝練にの姿が見えなかった。入部してから初めてじゃないだろうか。何かあったんじゃないかと心配になりメールを送ったが、そこには「寝坊しちゃった」という他愛もない理由が書かれていた。だが、本当は理由を知っていた。 試合に負けてしまった、のだ。 あれだけ一生懸命人事を尽くしても負けは負けだ。女子の試合も男子と同じ期間、同じ会場で開催されることが多いため、昨日は俺達も試合があり女子の試合は遠目で見ていた。試合終了のブザーが鳴った瞬間、俺は真っ先にを見たが、涙は流していなかった。それだけは遠目からでもよく分かったのだ。男子バスケ部は試合がまだ残っていたため、直接声を掛けることは出来なかったが「残念だったな」と一言メールを送信した。けれども、寝てしまったのか、それとも返信をする気が起きなかったのか。その日、俺の携帯が鳴ることはなかった。 「昨日はメール返せなくてごめんね」 「気にしないで良い」 「久々に疲れて、帰ってすぐ寝ちゃった」 今までを誰よりも近くで見てきたのはきっと俺だろう。の嘘は簡単に見抜けるようになっていた。寝てしまったと言うくせに、目の下にクマを作ってひどい顔をしている。しかも、そんな日に限って授業中もちゃんと起きているのだから本当に不器用な女だと思った。 昼休み、朝練の時に置いてきてしまったタオルを体育館へ取りに行くと、ボールをつく音が聞こえた。扉を開けると、そこにはシュートを決めるの姿があった。完璧なシュートフォームとは言えないが、目を奪われるようなシュートだった。 「び、っくりした」 「俺の方こそ驚いたのだよ」 「全然そんな風に見えないし」 「今日、朝練に来なかったな」 はあまり自分から部活の話をしない。だから「今度の試合は絶対に勝ちたい」などと言う意気込みの言葉を直接聞いたことはなかった。けれど、そんなことは普段の練習からでも充分に理解出来た。それだけで充分に伝わってくるほど、彼女は一生懸命だったのだ。 「先輩たち、引退させちゃった」 少しの沈黙のあと、彼女はポツリと喋り始めた。女子バスケ部は、練習は厳しくても先輩後輩の仲が良かったようで、も先輩には可愛がられていたらしい。自身も先輩たちを慕い敬っていた。そんな先輩たちと 少しでも長く一緒にコートに立ちたかったのだろう。その気持ちは何となく分かるような気がした。 喋り始めたの声は震えていた。涙は出ていないようだが、堪えているのだろう。 「こっちへ来い。慰めてやるのだよ」 俺はひと息吐いて言葉を出した。自分らしくない言葉だったように思う。少なくとも今までの自分だったら絶対に出てこないような言葉だ。ただ、何も考えずに出た言葉が、の傍にいてやりたいと思って出たこの言葉なのだ。 「え・・・真太郎くん、頭打った?」 「おい!」 「ごめんごめん、でもそんなこと言ってくれるなんて」 「強がるな」 それでもなかなかこちらへ来ないに、仕方がないので俺が近づくことにした。俺を下から見上げるその目は、少し潤んでいるような気がする。だいぶ下にある彼女の頭に手を置くと、気恥ずかしいのか、彼女の視線は下へと移った。 「お前のことなど全てお見通しなのだよ」 もしかしたら彼女以上に彼女のことを知っているんじゃないかと錯覚するくらい、を見守ってきたように思う。頑張り屋なところも、無茶をするところも、ひとつのことに集中すると他のことが目に入らなくなるところも。全部傍で見てきたのだ。 「が誰よりも人事を尽くして頑張ったのは俺が一番よく分かってる」 今までかなり我慢していたのだろうか、の目からはポロポロと涙が落ちてきた。思わず自分の方へと引き寄せると「ありがとう」と言葉にならない声で呟かれた。 こんなにも何かに、バスケに一生懸命になれて泣くことが出来るなんて、純粋に羨ましいと思った。俺にもそんな日がいつか来るのだろうか。もしそんな日が来たら、その時はが俺の傍にいてくれるような気がする。 |
真珠のかくれんぼ
(仕方ないから泣き止むまでこうしててやっても良いのだよ)