|
<女神は赤い果実の続編> 今日も彼の後ろで、相変わらず大きくて広い背中を見て授業を受ける。手を伸ばせば簡単に触れられる距離なのに、指を近づけることさえも躊躇ってしまうほどの戸惑い。例えば少し前までは黒板の下の方に書かれた字が見えなくて、後ろから彼をシャーペンや指でつついて「見えない」と堂々と自分の意見を言えていたのに、今はそれが出来ない。この前まで当たり前に出来ていたことが、出来なくなってしまったのだ。原因は分かっている。先日の高尾くんの言葉。緑間くんの好きな人がまるで私だと告げるかのようなあの言葉。確かにクラスの女子よりは彼との接点は多いと思うけど、それだけ。特に意識したことなんてない、はずなのに。 「おい」 「…何?」 「こっちの台詞なのだよ。早くプリントを受け取れ」 そもそも冷静によーく考えて、この男は本当に私のことが好きなのだろうか。高尾くんの勘違いなんじゃないだろうか。もし私に少しでも好意があるのなら、普通はもっと態度に出ると思う。確かに、黒板が緑間くんのせいで見えない時にノートを貸してくれたり、授業のチャイムに気付かずにずっと寝てたりするとコツンと起こしてくれたり、優しい部分も知っている。でも、相変わらず「馬鹿」だとか「まぬけ」だとか言ってくるのは変わらないし、相変わらずの命令口調にも慣れてしまっている自分がいる。やっぱり考えても考えても分からない。ただでさえ、緑間くんって何考えてるか分からないのに余計分からない。 「それで急にオレのとこ来たの〜?ちゃんも可愛いとこあんだね」 「茶化さないでよ。っていうか高尾くんのせいでもあるんだからね!」 このままでは普通の授業さえも集中出来ないと思い、休み時間のチャイムが鳴ると同時に高尾くんの元へ駆け込んでみた。教室で話すには少し恥ずかしい内容だと思い、屋上の片隅に高尾くんを連れて行くと「真ちゃんに誤解されちゃうんじゃねーの?」と相変わらずのニヤニヤ顔でからかわれた。そんな思いをしてでも、高尾くんに救いの手を求めてしまったのが少し悔しい!けど、きっと一人で考えたって永遠に解決しない。 「じゃあさ、ちゃんはどうなの?」 真ちゃんのこと、どう思ってる?そう聞かれて初めて自分自身に問いかけてみた。同じクラスの前の席のちょっと変わった大きい人。けれど、何か気になるというか、私にとっては不思議な存在。恋愛感情を持っているかと問われて、すぐに肯定出来るほどの気持ちはない…つもりだった。だって、特に恋を意識したことはなかったから。けど、この前初めて緑間くんが試合をしているところを見て、新しい面をたくさん見た気がする。圧勝な試合だったけれど一生懸命バスケをして、それに少し楽しそうだった。こんな表情もするんだ、と何故か私が少し楽しくなってしまったのはハッキリと覚えている。 「ほらー噂をすれば…」 「え?」 「おい、高尾」 「どしたのー真ちゃん?ちゃん追いかけてきた?」 「馬鹿なことを言うな。お前に英語の教科書を貸していただろう」 「あ…やべっ!忘れてた」 「次の授業で使うから返しに尋ねたら屋上に行くのを見たとお前のクラスメイトが言っていたのだよ」 ごめんごめん、相変わらずのノリで謝る高尾くんに呆れる緑間くん。いつもの光景だ。けど…あれ?私空気になってない?何か逆に気まずいんですけど!っていうか、もしかしたら緑間くんに私と高尾くんが何かをしていると思われてしまったかもしれない。いやいや、ちょっと待て。別に緑間くんにどう思われたって良くない、私?一体何を気にするというのだろうか。え、ちょっと待って。そういうこと?これが答え? 「じゃあオレ先戻ってあとで教科書返しに行くわ」 え、ちょっと待って。みんなで戻れば良くない?何でそういうことしちゃうの高尾くん!緑間くんは緑間くんで「邪魔したか?」と相変わらずトンチンカンなことを言ってくる。…普通、好きな女の子が他の男と屋上なんかでこっそり会ってたら勘繰るというか不愉快に思うんじゃないだろうか。でも今の緑間くんからはそんなこと感じられなかった。やっぱり分からない。だったらもう、聞いてみるしかない。 「ちょっと悩み事があって高尾くんに参考意見を聞こうと思っただけ」 「お前にも悩みがあるのか」 「相変わらず意地悪な…」 「何で悩んでるかは知らんが、さっさと」 「あのね、緑間くんって私のこと好きなのかなーと思って」 自分でも驚くほどするすると出てきた言葉だ。自惚れと言われてしまいそうなこの台詞をよくもこんなにスムーズに言えたものだと自分でも驚いた。けど、それ以上に驚いているのは緑間くんだ。そりゃあ、まさか私が突然そんなことを言うだなんて思ってなかっただろう。あの緑間くんがこんなに驚くなんてレアかもしれない。なんだかまた新しい表情を見ることが出来て嬉しい、なんて。 「な、何を言っているのだよ…!、お前自分が何を言っているのか分かっているのか?」 「分かってるに決まってるじゃん」 「頭でも打ったのか?」 「…あっそ。じゃあもういいや」 珍しく動揺しまくってる緑間くんにはこれ以上何を言っても無駄だろう。いつも冷静でプライドが高い緑間くんが、ここまで動揺する姿は初めて見るかもしれない。あ、私またワクワクしているのが自分でよく分かる。それさえも楽しいだなんて。 恋を、自覚した瞬間だ。 こんなにもワクワクして、ドキドキする瞬間を味わえるなんて、それだけで幸せだと思えるくらい今が楽しい。 「私は緑間くんのこと好きだけどね」 前回ドキドキさせられたお返しだ!私が今まで散々悩んだように、緑間くんも私の事で頭がいっぱいになってしまえ!そして悩んで高尾くんに相談して、からかわれてしまえ! 余裕のある女ぶって、髪をなびかせ踵を返した。そのまま教室に戻って、あとから戻ってきた緑間くんを観察してやろうと思ったけど、どうやら私にそんな余裕はやってこなさそうだ。 「ちょっと待て」 「えっ」 「言い逃げは許さん」 屋上の扉を開ける直前で腕を掴まれた。緑間くんの手が大きいおかげで私の腕も華奢に感じるかもしれない、とか下らないことを考えてる脳裏で軽くパニック。痛くはないけれどその力強さに男を感じて、再びやってくる心臓のノック音。振りほどく意思もなければ、振りほどく意味もない。ただ掴まれた腕が熱く、髪を揺らす風が少しだけ心地良い。 「…、」 「えっ…な、なに?っていうかなんでフルネーム?」 「良い名前だな」 「は、はぁ。ありがとうございます」 「…オレは女子の名前を呼んだことがない。男のこともあまり名前で呼んだりはしない」 「そういえば高尾くんとかも苗字で呼んでるもんね。って、」 「そうだ。好意など特別な感情や関係がない限りなかなか下の名前で呼べないだろう」 「あっ、そう…かな?」 いや、もう何言ってるのか全然分からない!何言ってるっていうか言ってることは分かるけど、何が言いたいのかが分からない!頭は良いくせに、どうしてこうも分かりづらく伝えてくるのだろうか。それとも私の頭が悪いだけ?理解力が乏しいだけ? 「だが…お前のことは名前で呼びたいと思う」 不意に掴まれた腕から温度が上昇していく。いや、腕からなんかではなく、とっくに顔が火照っている。 その言葉の意味が分からないほど鈍感ではなかった私を褒めて欲しい。結局ドキドキさせられるのは私なのか。 |
赤い果実は恋心
|
|