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カーテンから差し込む光も、窓からやってくる風も、この空間に付随するすべてが、しあわせに変わる。そんな恋人同士の穏やかなひとときに夢を抱いていたのは一体いつまでだっただろうか。パラパラと雑誌をめくる音が煩わしくて仕方ない。その雑誌さえ存在していなければ、彼はもっと私を見てくれるのに。いや、きっと雑誌に敵わない私がいけないのだろう。でも、せっかくこんなに晴れた日の気持ちの良い午後に二人で過ごせる時間があるのだから、少しは外を一緒に歩きたい。もちろん、こうして一緒に過ごしているだけで、一緒の空間にいられるだけで幸せではある。でも、ちょっとした買い物だって良い。何ならコンビニだって良い。散歩だって良い。たまには彼と手を繋いでどこかへ行きたい。 「ねー」 「あー」 「ねーってば」 最早私の声にもちゃんと応えてくれなくなってしまったようだ。視界だけでなく、彼の聴覚に入り込むことすら出来ないなんて、虚しいというか悔しい。じりじりと彼に近づいてみた。何をそんなに夢中になっているのかと、雑誌を覗いてみると彼の好きなアイドルの雑誌。なるほど、それなら仕方ない。残念ながらそう思えるほど、私は大人じゃないのだ。 「えい、くっついてやる」 「うざい、轢くぞ」 淡々と、驚くほど冷静に残酷な言葉をこぼした彼の視線は相変わらず雑誌。普通は彼女がくっついてきたら喜んでくれるものなんじゃないの?彼の腕にぴたりとくっついて、ちょぴり胸までくっつけて煽っているのに全く眼中になし。そんな私を雑誌に載っている可愛い女の子たちががくすくすと笑っているようで、余計悔しい。けれど、こんなところで諦める私じゃない。そんなこと、きっと彼だって知ってる。 「ねーねー、清志くん」 「…何だよ」 「私、ひま。どっか遊び行きたい。」 「俺は暇じゃねーよ」 「暇じゃん、雑誌読んでるだけじゃん」 雑誌なんて私がいない時だって読めるはず。その視線と集中をあと少し、私のほうへ向けてくれるだけで良いのに。でも、雑誌に夢中になっている横顔も素敵だなぁと思ってしまう私には、このまま彼の顔を見ているだけでも幸せかもしれないという葛藤があって、無理矢理力づくで雑誌を取り上げようとまでは思えない。所詮、ぴたりとくっついて彼の顔を眺めているだけ。 「…」 「あーうっせー」 「え、なんも言ってないのに!」 「んな見られてたら気になるっつの」 「私としてはその方が嬉しいんだけど」 「オレは今から集中する」 「え!もっと集中するの!?」 そもそも雑誌ってそんなに集中して読むものだろうか。本ならまだしも、雑誌に夢中になって私を放置するなんて。しかもアイドルの、他の可愛い女の子たちが載っている雑誌という、ちょっと虚しいおまけつき。ここで私も負けじと雑誌や本を読んだり、携帯をいじったりしたら何だか負けたような気がしてしまう。だからやっぱり彼の集中を私の方へ移すしかない。 「やだー!私のこと放置しないでー」 「…」 「もー清志くんのバ」 「おい、」 なんてウザったい彼女なのだろうと自分でも思う。私が思ってるくらいだから、彼はきっともっとそう思っているはず。でも、私の名前を呼んでくれたその声が、この空間を裂くようにやたらと響いた気がした。声音に怒りや呆れは一切感じない。ただ、彼が私の名前を呼ぶだけで一瞬だけすべての時が止まったような感覚。強引に引き寄せられた頭が、思考を止めるような感覚。彼のくちびるが私のくちびるに重なっただけで、心臓が止まるようなそんな感覚だ。 「黙って大人しくしてろ」 不満の言葉を漏らすことも許されず私のくちびるは彼のくちびるによって大人しくさせられてしまった。私は彼に後頭部を力強く引き寄せられてキスをされるのが実はすごく好きなのである。ちょっと強引な感じに男らしさを感じられて、でも彼のキスああ見えて優しいことが多いから、そのギャップにもやられてしまう。 キスは回数を重ねれば慣れる。でも彼とのキスは、特にこのキスはいつまでたっても私の胸を激しく鼓動させる以外の何物でもない。そして、そのうるさい音とは反対に静かになってしまう私。彼はそれらすべてを分かってやっているのだろう。事実、私はいまだに胸がドキドキしているので、彼を熱っぽい目で見つめることしか出来ていない。 「…あーくっそ…!」 「?」 「やっぱり集中出来ねー」 「え?なんで?やっぱりって?」 「このままここでこうしてると変な気になる」 今更何を言っているのだろうか?首をかしげると「その顔ヤメロ」と言われて思いっきりほっぺをつねられた。私の頬はいったいどこまで伸びるのだろうかと思うくらい伸ばされた頬が悲鳴をあげて言葉にならない声で「いひゃひ」とだけ告げた。彼は実に楽しそうに「おもしれー顔」と無邪気に笑っていたけど、私は話をくるくると巻き戻す。 「というか…私は清志くんが変な気起こしてくれても良いんですけど」 「おま…!のくせに昼間っからそういうこと言ってんじゃねーよ」 「のくせにって何!?というか夜だったら良いの?」 彼は質問には答えてくれなかった。呆れられてしまったのだろうか。彼に呆れられることなんて慣れてるから特に何とも思わないけれど、呆れたフリをしてなんだかんだいつも優しいから、逆に少し期待してしまう。でもそんなことを言ったら彼に「調子乗んな」と言われてしまいそうなので、何も言わない。 彼は次にどんな言葉を生み出すのか。彼は次に何をするのか。頭の中で思考をめぐらしていると、彼はすっと立ち上がった。座りながら彼が立つ姿を見上げるとやっぱり大きいんだなぁと思って、私はこの背中についていけば良いんだと、安心感を改めて覚えた。 「ほら」 「え?」 「言わせんな、埋めんぞ」 手を差し出されたので、なんとなく彼の手に自分の手を重ねると、そのまま半ば強引に立たされた。簡単に私を立たせる彼の力に惹かれるのか、私が彼の傍に行きたいと勝手に身体が動いて立ち上がるのか、きっと両方なのだろう。まだ室内の中だと言うのに離されないこの手に温もりが生まれる。 「出掛けんだろ」 「…うん!」 ほら、なんだかんだ言ってやっぱり私のお願いを叶えてくれる。「で、どこ行きたいだよ?」と聞かれて即答出来ずにいると「決まってねーのかよ」とまたもや呆れられたけど、久々に彼と一緒に出掛けられるという楽しさを纏った私はしあわせで仕方ない。さて、どこへ行こうか。 「…面倒くせーから夜には帰ってこれるところにしろよ」 冷たい言葉に聞こえるかもしれないけど、彼を理解している私からしたら愛を感じた。…なんて言ったら彼に怒られてしまうだろうか。今の言葉がきっと先程の質問の答えだと受け取った私はひとり笑っていたけど、ご機嫌な彼の横顔が目に映って更にしあわせな気分になれた。 |
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「そういえばあの雑誌、熱心に何読んでたの?」「…わかんねー」「え!?だってずっと読んでたじゃん」「(気紛らわすために読んでたんだから内容なんて頭に入ってこねーよ)うるさい、刺すぞ」「なんで!?」 |