これは紫原敦だけの特権である。
授業中、ほとんど寝ることかお菓子を食べることしかしない彼が、ここ最近は真面目に授業を受けている。 いや、真面目に授業を受けているわけではない。授業の内容など大して聞くつもりもなく、ただ一番後ろの席で顔だけ を横に向けている。その視線の先には、一番後ろの窓際の席で紫原のほうを向きながら俯せで寝ている愛しい彼女がい るのだ。




ー、そろそろ授業終わるよー」




紫原の呼び掛けにも彼女は反応しない。 先日の席替えで、運よくの隣をゲット出来た紫原ではあるが、彼女は紫原以上に授業中よく寝るのだった。 自分もよく寝るほうではあるが、よくもまぁそんなに熟睡出来るものだと紫原でさえ感心していた。まぁたった一人 でバスケ部のマネージャーを担っているのだから、疲れも溜まるだろう。そう思い、最初は特に何も気にすることもな かった。 しかし、彼女の寝顔はあまりにも可愛すぎたのだ。無防備にすやすやと寝ている顔が可愛すぎて、の顔を見るのに 夢中になり紫原自身は眠れなくなってしまった。

結局、授業はあっという間に終わってしまい、彼女が起きることもなくHRまで終わってしまった。幸い今日は部活が ないので、このままが起きるまで待とうと、彼女と同じように机に俯せになりながら紫原はの方を向いた。




「んっ・・・」
「あ、起きたー?」
「ん〜・・・え!?」




HRが終わり、クラスの人間のほとんどが部活へ行ったり帰宅したりと姿を消していった。これでようやくの寝顔 を一人占め出来る、と思っていた紫原だが、教室に誰もいなくなってからたったの3分程で彼女が目を覚ましてしまっ た。目を開けた瞬間、同じ体勢をしている紫原の顔が見えたからだろうか。は眠い目を2、3回重そうに開けたり 閉じたりを繰り返したあと、一気にバチっと目を見開いた。そして慌てて体を起こし、辺りを見回す。




「うわぁ!授業も終わってる!」
寝過ぎだし」
「起こしてくれれば良かったのに〜」
「起こしたよー。でも起きないんだもん」
「あ・・・そうなんだ、ごめん」




はやっちゃった〜と言いながら、女の子らしく髪を手櫛で解いたり直したり、口に涎がついていないか手で顔を触 って確認していた。同じように紫原も大きい体を起こし、伸びをしていた。




「お願い、ノート写させて!」
「取ってないし」
「え!?敦くんも寝てたの!?」
「んーん。起きてた」
「えー、じゃあ何してたの?」




紫原はもともと真面目に授業を受けるタイプでもないし、成績優秀というわけでもない。それでも、ノートくらいは取 っているだろう、と思いは縋る気持ちで紫原にお願いをしたが、その希望はあっさり打ち砕かれてしまった。では、 起きていたのに一体何をしていたのだろうか。お菓子を一心不乱に食べていた形跡もないし、雑誌や漫画を読んでいた とも思えない。近くの席の人間とずっと喋るようなタイプでもない。怪訝な面持ちで問うと、にとっては予想外の 言葉が返ってきた。




の寝顔ずっと見てたー」




真顔でそう言われてしまい、言葉が出なかった。別に見ていたというだけで可愛いと言われたわけではない。 それなのに何故か照れてしまった。普段は紫原のほうがよく寝ているので、自分の寝顔を紫原に見られたことはほとん どない。それ故、自分の寝顔を見られてしまったから恥ずかしいのだろうか。いや、それもまた違う。リアクションが 出来ず紫原を見ていると、椅子をガタガタと動かし更に紫原が近づいてきた。




「ど、どうしたの?」
「あんま授業中寝ないで」
「何で・・・?あ、隣の私が寝てたら退屈?」




なんて、授業中なのだから授業を受けなさいという話なのだが、紫原にそんなことを言っても仕方ないということは が一番分かっている。しかも、自分は授業中に熟睡をしているのだから、授業を受けなさいなんて言える立場で もない。なので余計なことは言わず、探るように下から覗きこみながら聞いてみると、紫原はその大きな手で、長い指での鼻をつまんだ。




「むぎゃ!だにずるの!?」
「んー・・・っていうかー」




誰もいない教室、夕陽で染まりかける教室、という何ともセオリー的な要素が揃っているこの状況で、キスの一つでも してくれればとてもロマンティックであろうに、とは思った。しかし、されたのはキスではなく鼻をつまんでくる という行為。全くもってロマンティックではないし、今ひとつ意味が分からない。大人しく彼の続きの言葉を待つ。




「寝顔可愛すぎてムカつく」




褒めてくれているのか、怒っているのかよく分からないその言葉に、自然と顔が熱を持ってしまうのは やはり嬉しいという気持ちが大きいからだろうか。 これまた真顔で言ってくる上、先ほどの言葉と違って「可愛い」という 単語を入れているのだ。普段もよく「可愛いー」とは言ってくれる紫原であるが、改めて真正面に向かい合って言われ てしまうと、どうしてもドキドキしてしまうのだ。




が可愛すぎて俺寝れなくなるし、寝たら寝たでの寝顔他のやつに見られるし」




紫原はつまんでいた鼻を解放し、若干拗ねたようにに不満をぶつける。不満というか第三者から見れば完全に惚気 でしかないし、当事者の自身もポッと顔を赤らめる。




「あ、じ、じゃあ窓際向いてたら良いかな?」
「えー、それじゃあ俺がの笑顔見れないじゃん」




寝ない、という選択肢はないらしい。しかも紫原の意見は他人からすればただの我が儘のようにも聞こえる。だが、 そんな我が儘を我が儘なんて微塵も思わないのは、恋人に対しての甘さだろうか。そんな我が儘でさえも、胸をドキ ドキ高鳴らせてしまうのは、愛する人間の言葉だからだろうか。




「じゃあ・・・どうすれば」
「あー、良いこと思いついた」




紫原はその答えは言わずに先にの唇に自身の唇を合わせる。当然、紫原の言う「良いこと」は何なのだろうか? と思い、その答えを言ってくれるのだろうと待っていたは一瞬驚いた。だが、すぐに目を静かに閉じた。唇を離し てすぐ、あと1cm近づけばまた唇が触れ合うだろうという距離で、紫原はが気になっていた答えを述べた。




「今日一緒に寝よー」




それなら俺の一人占めだから、と紫原は言うが「・・・でも、敦くん結局いつも私より先に寝て、私より遅くに起きるじゃん」と が返せば「そうだっけー」と分かっているのか分かっていないのか、適当に言葉に発した。しかし、またしばらく 「んー・・・」と考えて言葉を出す。




「じゃあ今日はのほうが早く寝れるようにしてあげるねー」




これまた天使のような無垢の笑顔で、悪魔のような悪戯なドS心を露わにする彼の台詞に、は言葉の真意を理解し、 頬を赤くしながらも大人しく覚悟を決めるのだった。





最終平和論
(の恥ずかしがる顔と寝顔は俺だけの特権)