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先程から部室で「ふん!ふん!」という声がしている。しかし、部員の誰かが中で筋肉トレーニングをしているというわけではない。 何故ならこの声の主は男性の声とは程遠い、可愛い女の子の声だからである。しかし、流石に普段は可愛い声でも気張っている 時の声は誰でも若干低くなる。この声の主であるは現在、声を出してまで必死になっていた。 「ふんぎぎぎぎ・・・!」 「ー。いい加減諦めたら?」 「もうちょっ・・・と!」 ドア付近にはを見守るようにして立っている紫原がいた。は現在、部室内の棚の上にあるプラスチックケースに入った救急箱を取ろうと格闘してい る。おそらく部員の誰かが片付けた救急箱を取ろうとしているのだろう。バスケ部の部員と言えば比較的背の高い人間が多い。 特に陽泉高校バスケ部のスタメン3人は2m越えである。そんな身長の高い彼らからしてみれば普通の高さでも、女子の平均 身長であるからしたら、何か台に上らなければ到底届かない高さなのである。いや、台に乗ってもなかなか届かないことが 多く、更には背伸びやジャンプをしなければ届かないこともしばしばである。現在もそばにあった椅子の上に乗りながら試みて いるが、なかなか上手くいかない。 「俺が取ってあげるのにー」 「いーやっ!」 そう、ここには2m8cmの、陽泉高校一の長身がいるのだ。更に加えれば2人は恋人同士でもある。例えば背の高い部員に、 自分の代わりに高いところにある物を取ってもらうというのが気まずい、申し訳ないというなら多少は分かる。しかし、恋人である紫 原には一切気を遣わなくて良いにも関わらず、は絶対に紫原に頼もうとはしない。に申し出を拒否された紫原は仕方な くを見守っている。 「って本当頑固だよねー。俺に頼めばいーじゃん」 「こんなこと敦くんにやらせたくないの」 「どうせちっちゃいんだから届かないんと思うけど」 「失礼な!何度も言うけど私は小さくないの。敦くんが大きいの!」 「だって椅子に乗ってジャンプしても届いてねーし」 「椅子に乗ると不安定で飛びにくいんだもん。よっと」 紫原と話ながらも何度も背伸びをしたり時には低めに飛びながら、何とか救急箱を取ろうとしているが、その努力は未だ叶って いない。指の先端の爪が何度かかすってはいるので、もう少しで届きそうである。救急箱自体は棚から少し飛び出て置かれているので、 下から動かして引っ張り出せば、あとは重さで勝手に傾き無事に救急箱を取ることが出来るだろうと考えていた。 「ていうか敦くん、練習行って良いよ」 「やだ。ダルい」 「こら!」 「だってパンツ見えそうだし」 「え!?」 「誰かが入ってきてのパンツ見られるのヤダ」 「・・・何で敦くんが嫌がるの。嫌がるの普通私でしょ」 「のパンツは俺しか見ちゃダメなの」 「うーん、複雑」 は部活の際、ジャージを着ている時もあるが制服の時の方が遥かに多い。今日も制服である。今時の普通の女の子である は制服のスカートも膝上だ。当然椅子の上に乗ればスカートの中は見えやすくなるし、背伸びやジャンプをすれば尚更だ。誰かが 部室に入ってきて座ったりしたら、モロ見えるだろう。 は相変わらず紫原に背を向けて救急箱に手を伸ばしている。椅子が ガタガタと揺れが大きくなると、紫原はいつの間にかに近づいていた。紫原は普通の人間よりも身長がはるかに高いため、が椅子の上に乗っ ていても、2人の身長はそこまで変わらない。3cm程、のほうが高いくらいだろうか。 「ちょっとー、見てるほうが怖いんだけどー」 「だから練習行って良いのに」 「やなの」 「あ、イケる!あと少し!」 そう言ってが小さくジャンプした。その瞬間、は無事に救急箱をゲットすることに成功した。「やった!」と喜びの声を 挙げたは、振り向いて紫原に見せつけてやろうと思ったが、それは残念なことに失敗に終わる。お約束とも言える ように、くるりと振り返った瞬間、勢いが良すぎて椅子が先程よりも大きく揺れ、激しくグラついた。 「わわ・・・!」 「ちょっ・・・!」 バランスを崩しただったが、紫原がすぐ近くにいたので、何とか支え抱き留められた。は紫原が予想より近くにいたこ とに一瞬驚いたが、安心のほうが強かったようだ。救急箱を抱えたを紫原が両腕でがっしり抱きしめられていたため、特に 大きな物音もせず、椅子の揺れも落ち着いた。少しして落ち着くと、紫原はが持っていた救急箱をさっと机の上に置き、 ぎゅうと抱きしめた。 「う、わー・・・こわかった」 「つーか俺のほうがマジビビったし」 「・・・ありがと」 「だから俺が取るって言ったのにー」 紫原が練習に行かなかった1番の理由は、が椅子から落ちて怪我をしてしまうのが嫌だったからである。元々、今までも 紫原が見ているときに何度かこういうことがあった。それでも彼女は意固地になって頼ろうとしないので、結局見守ることにしたのだ。 ただ、そんな事をに言えば「そんな心配しなくて良いから練習行きなよ」と絶対言い返されると思い、言わないでいた。 「・・・ん、ごめんなさい」 「わかれば良いけどー」 よしよしと頭を撫でられていただったが、少しだけ違和感を感じた。それは自分が紫原よりもほんの少しだけ高い位置にい ることである。いつもは見上げていた紫原の顔も、今ばかりは斜め下にある。不思議な感じがして紫原を見ていると、紫原もい つもとは違う違和感に気づいたようである。 「何か変な感じー」 「まさか立っていながら敦くんの顔を下に見る日が来るなんて・・・」 「んー・・・」 紫原はふと考えるようなそぶりを見せ、自分よりも少し高いところにあるの首の裏に手を回した。急な動作には 「わわ・・・」と椅子の上でまたもや不安定になるが、今は紫原が近くにいて支えてくれているので、不安感は一切なかった。 そして彼女の首を一気に引き寄せた紫原は、噛み付くようにキスをした。 「ん・・・ぅっ」 いつもと少し違う角度でするのが楽しいのだろうか。予想以上の激しいキスにはなかなか抗えない。両手を紫原の肩に乗せ るという初めての動作に、違和感を感じながらもきゅっと掴む。しばらくして離れると、またもや力強くぎゅうううと紫原に抱き寄せら れる。からしたら、自分の顔が紫原の肩の近くにあるというのも不思議な感覚である。 「何かたまにはこのくらいの距離もいーかも」 「・・・うん」 「ちゅーする時もの身長に合わせなくて良いしねー」 「そ、それは敦くんが大きすぎるんじゃん!」 「うそうそ。ならどんな身長でもいーよ」 そう言っての手を掴んで椅子から下ろした。いつもの身長差に戻ったが、紫原はじっとを見つめたままである。そして本日3回目の力強い抱擁がされた。 「ちょ、痛い痛い!」 「やっぱこれが1番しっくり来るー」 結局はいつものようにを斜め下に見つめる紫原と、上目遣いで紫原を見つめるの図が出来上がるのだった。 |
無邪気な3cm
(の上目遣いが良いんだよねー)