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「ってさー、何でそんな可愛いの?」 彼の言葉はいつも唐突である。加えて一切の曇りない、素直で真っ直ぐな言葉なのだ。そのせいか稀に、いや、 割と頻繁に相手の心を良くも悪くも乱すような発言をすることがある。恋人という他の人より特別である存在の 私に対しても、甘い言葉をそれはそれは簡単に与えてくれるが、残酷な言葉も遠慮なく突き刺してくる。ある意 味それは良いことなのかもしれないけれど、彼のことをよく知らない人からしたら、ただの残酷な人間にしか見 えないかもしれない。けれど、彼の言葉には嘘がないから、真実であり信用出来るとも言える。 「え、何て!?」 「何でそんなに可愛いのって」 「・・・えええええ!?」 「驚きすぎだし」 私の身体を後ろからすっぽりと覆うようにしているせいで、彼の顔は全く見えない。けれど、見えなくてもいつ もと変わらない表情をしているのだろうな、と容易に想像出来た。だから彼の表情など詮索せず、自分の目の前 の事に集中した。そう、私は今現在進行形で彼のシャツのボタンを縫い付けているのだ。先程の言葉に動揺し、 あやうく自分の指に針を刺しそうになったところを何とか堪えた。彼は私のそんな様子に気づくこともなく、先 程から私のお腹に回しているその長い腕を、ぎゅうぎゅうと締め付けてくるだけ。あと少し力が強くなったら圧 迫感が限界を超え、窒息死してしまうほどの衝撃になるかもしれない。そうなる前に制止の合図を伝えなければ 、と密かに準備している。 「だって急にそんなこと言うから」 「えーそう?割といつも思ってるけど」 「そ、そんなこと言われたって何て答えれば良いか分からないよ」 「そーみたいだね」 「え?」 「耳真っ赤」 当たり前だ。そんな砂糖漬けの言葉を貰ったら私じゃなくても耳が赤くなる。その耳の赤さが私の言葉を代弁し てくれているようだった。疑問文で投げ掛けられているのだから「そんなことないよ」と否定するのも相応しく ないような気がする。かと言って「ありがとう」というのも自分の本当の意志ではないような気がして躊躇われ た。結局答えは見つからないのだ。何と答えれば良いかと小さい脳を使って一生懸命考えるが、全身に熱を帯び てるせいか余計頭は働かない。おまけに彼は私の耳を食べたのだ。急に与えられた生暖かい感触に、ぞくりと鳥 肌が一瞬立つ。情けない悲鳴じみた声を小さく上げると、今度は飴玉でも舐めるかのように、執拗に攻めてくる。 「・・・っ」 「ほら可愛いー」 私の髪を全て片側へ移動させると、今度の標的は首筋らしい。その擽ったさに、持っている針で自身の指を刺し て自我を保っていないと、どうにかなりそうである。もちろん痛いのでそんなことはしないが、最早ボタンを縫 うどころではなく、背後へばかり集中してしまう。また、後ろが一切見えないという恐怖心が重なり、余計心臓 が速くなるのだ。身長差がある私たちだ、当然この体制でのそのような行為は厳しいものがあるだろうに、それ は止まることを知らない。 「可愛すぎてもうヤダ」 ようやく彼の唇が離れ、彼の舌によって少し濡れた耳や首筋が少しだけ冷たく感じる。けれども、そんなことを 感じたのは一瞬だけ。すぐに彼によって身体を反転させられ、握り潰されるかのように抱きしめられた。彼は針 が危ないなどとは全く気にしないのだろうか。私はすぐに自分が持っていた針を針山へ避難させてやった。ああ 、先程危惧していた窒息死がいよいよ近づいてきた。そろそろ制止の合図を送らなければ、と思うのだが、それ が出来ない私は何て愚かなのだろう。例え押し潰されたとしても、この体温と温もりから離れたくないだなんて 。 「ヤダって・・・」 「だって、狡いんだもん」 「狡い?」 「そんな可愛くて、俺のこと夢中にさせてさー」 「・・・敦くんも可愛いって思われたいの?」 「ちげーし!」 「うそうそ」 距離が少し緩んだ瞬間、手を伸ばして彼の頭を撫でてみる。少しだけ拗ねた顔をした彼の顔に愛しさを感じてし まった私は、思わず穴が開くほど彼の顔を見つめてしまう。彼は拗ねているのか、なかなか目線が合わないがこ れで良い。だって彼と目が合ってしまったら、その瞬間にこっちの心臓が破裂してしまうから。目が合ってない 今だからこそ、こうして彼の顔を観察出来るのだ。 「あんま見ないで」 目が合わないまま言われた言葉だった。結局目は合わず、そんな状態のまま急に唇が重なった。まさか彼なりの 照れ隠しだろうか。そんな思考は激しい音を立てて崩れ去った。照れ隠しでも何でもないということは、この 口づけが物語っている。照れ隠しにしては充分すぎるほどの深い口づけに、自分の瞼は自然と閉じられた。 けれども瞼を閉じた緩やかさとは正反対のように、口の中では激しさを持った熱が暴れ回る。空気に溶け込むよ うに「限界」と言った彼の言葉は脳内で暴れ回る。耳に響く水っぽい恥ずかしい音に、つい離れようとしてしま うが、それはもちろん彼の大きな手によって阻まれる。しばらくして、ひとつだけ弾けるような可愛い音を立て られ、ようやく潤いを充分に含まされた唇が解放された。 「まぁいっか」 彼が一人で納得していることはよくある。そしてそういう時は大抵良からぬことのほうが大きい。何故なら笑っ ているからだ。バスケ以外であまり感情を大袈裟に出さない彼が笑うということは、嫌な予感しか想像させない 。それも無邪気に笑うのではなく、何かを含んだように笑うからだ。普段は子供みたいな態度を見せるのに、こ ういう時の笑いはやたらと大人びていて、立派な大人の男性のように見える。その笑いには色気が充分に含まれ ており、まるで金縛りをかけるかのように、私の心を捉えて離さない。 「のその可愛い顔、歪ませてあげるから」 その顔が見れるのは俺だけ、と耳元で囁くように言う彼のほうこそ狡い。 |
純情の裂目から
楽園の戯れ
(もっと可愛くなるからだいじょーぶ)