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「仁王くんって大人だね」 雑誌をめくる、紙が奏でるような音しか聞こえないような空間で、がポツリと仁王の隣で言葉を発した。置かれ ているテレビも音楽を聞く機械も飾りとしか思われていないように静かである。電源はオフにされており、仁王の 部屋に頻繁に出入りを繰り返しているは、この機械たちが音を発するところに遭遇したことが数えるほどしかな い。この部屋の主であり、機械の持ち主の仁王さえ、前回いつテレビの電源を入れたかなんて覚えていないだろう。 それほどこの空間は静寂に包まれていた。 では2人は何をしているというのだろうか。特に何もしていない。何もしないこの空気が、2人はお互い好きだった。 ただくっついて時間を共有して過ごせることが、何よりの贅沢に感じていた。しかし、今日はたまたま月刊プロテニス の発売日であり、2人並んでそれを眺めていた。仁王自身は全く興味がないのだが、が購読しているということもあり、たまにと一緒に読むことがある。立海テニス部のマネージャーであるは、毎月この雑誌を購入し ているのだ。純粋にテニスが好きということもあるが、たまに中学テニス界、立海の特集がされていることもあり、 それが余計の購買意欲を掻き立てる。「もしかしたら仁王くんも載ってるかもしれないし」と愛らしい笑顔で言われ てしまえば、仁王も黙っての頭を撫でるだけだ。 「何じゃ急に」 「急じゃないよ。いつも思ってた」 それ、と指差すの爪の先には、コーヒーが入ったカップが机の上にあった。仁王が飲んでいるコーヒーだ。 そのコーヒーの隣に置かれているのは牛乳。が毎回飲んでいる牛乳だった。黒と白が映えているその面に映るのはお互いの顔。は仁王にピタリとくっついて雑誌を読んでいたが、雑誌から視線を外したくなるほど仁王が大人だと思った。 「そうかの」 「うん。前から思ってたけど特にコーヒーを飲んじゃうあたり」 「コーヒーくらい飲む人はいっぱいおるじゃろ」 「えー、でもブラックは大人でも飲まない人いるし」 コーヒー牛乳、カフェオレと言ったものを飲む人は周りにいても、ブラックコーヒーを飲むような人間はの 周囲にはいなかった。落ち着いた雰囲気の仁王が、ゆっくりとコーヒーを飲む姿でさえ、の心をときめかせる。 「はコーヒー飲まないんじゃな」 「うん。苦いし」 「そりゃブラックだからぜよ」 は普段から甘いものが好きだった。飲み物も必然と甘いものを好むようになる。だから、よりブラックコーヒ ーを飲む仁王が大人に見えて仕方がなかった。コーヒーを飲む仁王に対しては牛乳だ。自分が子供に見えて仕 方がない。おまけに牛乳を飲んでる理由は、この年齢になってもまだ身長を伸ばしたいため。牛乳を飲んだからと 言って必ずしも背が伸びるわけではないが、気休めというように牛乳があれば牛乳を飲むようにしている。子供す ぎる自分と大人すぎる仁王。その不釣り合いさに、少しだけ自己嫌悪してしまう。 「んー・・・でも何かコーヒーって憧れだなー」 「コーヒーに牛乳と砂糖入れれば飲めるじゃろ」 「そうかなー。でもブラックが憧れなんだよ」 「そりゃあにはちと無謀ぜよ」 「むう」 膨れるを笑いながら撫でている仁王。励まされているのか、慰められているのか。どちらにしろ、には ご不満なようだ。そもそも、この頭を撫でられているという行為も、すごく嬉しいのだけれど、子供扱いされて いるんじゃないだろうかというマイナス思考が襲って来る。そんなの気持ちに仁王は気づいているのか気づ いていないのか撫でる手を止めない。いや、むしろ実は気づいていて、わざとの「嬉しいけど何か複雑」とい う顔を見たくてやっている可能性も高い。 「仁王くんばっかズルイ!」 「・・・何でそういう思考回路になるんじゃ」 「私だってコーヒーのブラックくらい飲めるんだから」 「ほう」 「ちょっと一口頂戴!」 は勢い良く仁王のカップを両手で取ると、それをしばらくジーッと見つめ、やがて意を決したかのように口に 含んだ。想像通り、というべきだろうか。やはりの舌には合わなかったらしく、その苦さに顔を歪めている。 仁王はそれを見て、喉を鳴らして笑っていた。 「やっぱり苦ーい」 「よしよし。よう頑張ったの」 「子供扱いして・・・」 「ほれ、自分の牛乳で中和しんしゃい」 だったら最初から牛乳とコーヒーを混ぜてコーヒー牛乳にすれば良かった、とも思うが、とりあえず口の中の苦みを消すため仁王の言う通りは自分の牛乳を飲んだ。少しはマシになったのか、の「ふー」という声を聞いたのを確認した仁王は、から自身のコーヒーを取り、優雅に飲んでみせる。いや、本人的に は普通に飲んでいるつもりだが、から見ればその姿は大人で優雅で色っぽいものにしか見えなかった。は 羨望の目を向けて仁王をずっと見ていると、その視線に気づいた仁王はには分からないくらいの笑みを零した。 「仕方ないの」 ああ、この仁王の顔は何かを企んでいる時の顔だと、はすぐに理解が出来た。本能が警鐘を鳴らすが、その色 気を孕んだ仁王の全てに身体が動けない自分をひしひしと感じる。そんなことを感じている間に、いつの間にか仁 王の手がの後頭部に回っており、2人の距離がより狭まった。 「俺が好きにさせてやるぜよ」 耳元で囁かれたその言葉に心臓が激しく鳴った瞬間、口の中はコーヒーの味が広がった。苦みが広がるものの、先 ほど牛乳を飲んだばかりのの口の中には、ほど良い苦みを残しながらも甘さが広がる。舌先から舌先へと伝わる その温度は、まるで熱すぎるホットコーヒーのように感じられる。そしてきゅ、と仁王の服を握るの手が、 から時折漏れる甘い声が、口内の中で広がる甘さが、仁王の温度を熱くさせる。 「・・・甘なったじゃろ?」 その顔はブラックコーヒーと同じくらいの漆黒さを想像させたが、のくちびるや舌から伝わる口内の世界と心は、砂糖が入る隙もないくらいの甘さで溢れていた。 |
ゆらめく世界に
クライマックス
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(!!(可愛いすぎじゃろ・・・!)) |