「ねー、どう思う?」
「知るかよ」




試験の前で部活が活動停止期間に入る。今日は久々にゲーセンにでもよって遊んで帰ろう。ついでにジャッカルでも誘 って帰りにラーメンでもごちそうになってやるか・・・などと丸井ブン太は久々の部活休みに心を踊らしていたが、 それははかなくも叶わない。放課後、職員室に行かなければならないので自分の彼女の相手をしてやってくれ、と同じ クラスの仁王雅治に何故か頼まれてしまった。どうして俺が、と言えば「ふーん、嫌なんか。そりゃあ残念 じゃ」と意味深な微笑みと言葉を返され結局は逆らえない。まぁ、相手は仁王の彼女でもあるが、同じクラスの友人で もあるので良いか、と思い現在に至る。




「だって丸井くんは仁王くんと仲良しでしょ?」
「まぁ悪くはねぇけどよ」
「じゃあ仁王くんのことも詳しいでしょ?」
「いや・・・つーかあいつは俺にもよく分かんねぇとこあるから」




仁王の彼女、の前の席に座り丸井が持ち込んだスナック菓子を二人で食べる。一見、何も知らない人間から見 れば彼ら二人はカップルにも見えるだろう。試験前ということもあり、テニス部だけでなくほとんどの部活が活動休止 に入るこの期間は、どの生徒も大抵早く下校する。もちろん勉強するものがほとんどだろうが、先程の丸井のように 普段部活に明け暮れている者はたまには早く下校して遊んで帰ろうと思うものも少なくはない。なので現在教室では 二人きりで仁王を待つことになる。




「えー、それじゃあこの謎は解けないまま?」
「謎って・・・謎でも何でもねぇだろい」
「謎だよ!仁王くん、キスしてくれないんだよ!?」
「だから、んなこと俺に言われても分かんねーって」




現在、丸井はから彼氏についての相談を受けていた。そう、彼氏である仁王がキスをしてこないと。元々、か ら仁王に告白して今に至っているわけだが、丸井はその前からに相談を受けていた。仁王の好物だとか好みのタイ プはだとか、だいぶ前から見守ってきたのだ。純粋に仁王のために努力しているは女の子として可愛いとも思っ たし、仁王と上手くいって良かったとも思っている。なので、から仁王についての相談を受けることも嫌ではない。 ・・・仁王からの鋭い視線さえなければ。




「だって仁王くんってモテるでしょ?今までも付き合った子いっぱいいたでしょ?」
「あー・・・まぁな」
「言っててちょっぴり悲しいけど、女の子の扱いには慣れてると思うの」
「まぁ・・・そうだな」
「そんな仁王くんが私にキスしないなんて・・・あ!」
「んだよ?」
「も、もしかして私の魅力不足かな・・・」




そんなわけねーだろ、と言いかけた言葉を飲み込む。実は丸井には何故仁王が彼女にキスをしないか理由が分かってい た。分かってはいたが、それをに伝えてしまったら間違いなく仁王の逆襲が待っていると思い、言わないようにし ていた。だが、自分に自信をなくしてしょんぼりしているを見ると、丸井自身もつい慌ててしまいそうになる。




「あれ、まだ残ってる人がいたのか」
「お、幸村くんじゃん。何してんの?」
「校内の見回りだよ」




そんな時、ドアから幸村精市の声がしてきた。他のクラスではあるが丸井と仁王とも同じ部活の人間であるため、 と幸村も顔を合わせば話すくらいの友人ではあった。 幸村は教室に入ってくると二人の側まで近寄り、空いていた窓を閉めた。



「幸村くんってそんなことまでしてるんだねー」
「まぁ、俺は試験前だからって慌てて勉強とかしたりしないしね」
「イマイチ答えになってないし・・・幸村くんって・・・」
「あー、まぁ幸村くんはテニスだけじゃなくて勉強もすげぇからな」
「ところで二人して何の話をしてたの?」




窓を閉めたあと、の隣の席に座るように幸村も椅子に腰を掛けた。何故かビクッとしたに幸村は相変わらずの 笑顔、丸井は苦笑。「それで?」と言ってくる幸村に対しては先程まで丸井に相談していたことを話した。幸村も 仁王と同じ部活である上、部長という立場から自分の彼氏でもある仁王のことをよく知っているのではないかと思っ たのだ。




「ふーん、そんなことで悩んでたんだ」
「そんなこと!?ひどい・・・!」
「心配しなくて良いんじゃない?」
「な、何でそんなこと言えるの・・・?」




は幸村を下から怪しむように見ているが、そんながおかしいのか相変わらずクスクスと笑っていた。 その、意味があるのかないのか分からない笑顔には不安と苛立ちを覚える。丸井は丸井でお菓子を食べなが ら二人を静かに見守っており、こういうのはむしろ幸村のほうが向いてるだろうと何となく思った。




「男なんてみんな狼なんだから」




しかし、そう思ったのもつかの間。丸井は「幸村くん、何言ってんだ!?」と心の中で思い、食べていたお菓子を 吹き出しそうになった。男は狼、と言われたも目をぱち くりしている。にとって仁王は初めての彼氏でもあるので、恋人同士が行う色々な事に慣れていない。手を繋いだ 日の翌日でさえ、嬉しくて仕方ないという感情を隠し切れず終日ニコニコしていたような子だ。




「あ、あのそれって・・・?」
「仁王って言ってもただの男だよ」
「え・・・っと?」
のことが好きすぎて色々したいのに、どうせに嫌われたらどうしようとか思ってるだけだろ?」
「・・・!」




幸村は続けて「そのうち我慢出来なくなって襲ってくるよ」と言い捨てた。ある意味幸村が言っていることは正論であ り正解でもあるので、丸井は何も言えなかった、いや何も言わないでいることに特に問題は感じない。 しかし、は違う。ちょっとした刺激的な言葉にもすぐに頬が熱を持ち赤くなってしまうのだ。どう答えれば良いか 分からず混乱している様子が窺える。




「そんなんで彼女に心配かけさせるなんて仁王もまだまだだな」
「に、仁王くんのこと悪く言わないで!」
「・・・今のは何かイラッときたな」
「え、何で!?」
「他人の惚気って好きじゃないんだよね」
「お、おい・・・!幸村くん何する気だよ!」




幸村は先程から崩さない笑顔を相変わらず保ったままであるが、何故か周りから黒いオーラが出ている。素人ので もよく分かるほどだ。幸村はゆっくり腰をあげると、さらにに近づき、の頬に片手を触れた。それだけではなく 、顔まで近づけてくるのだ。は動揺して固まったままであり、丸井は「おい!」と言いながらも、幸村がどうする のか気になり、特に無理やり止めるような動きはしない。




「なーにしとんじゃ」




しかし、教室のドアで腕を組み、寄り掛かっている仁王の存在により幸村の動きも止まる。そしてゆっくりとから 顔を離し、頬に触れていた手も引っ込めた。丸井は「やべっ」という慌てたような顔をしていたが、幸村は「ふふ」 とここでも笑顔を崩さない。自身はまだ口をあんぐり開けて、仁王と幸村を交互に見ていた。




「やぁ、仁王。まるで見ていたかのようなタイミングだね」
「そうじゃな、とりあえずあんまに触れないでほしいの」
「やだな、目の下についていた睫毛を取ってあげていただけじゃないか」




幸村は指の先端についている睫毛を見せた。丸井は一触即発かとも思い冷や汗をかいたが、どうやら二人ともそこま で子どもではなかった。しかし、冷戦状態は続いている。そもそも、先程幸村が言った通り、仁王もただの普 通の男でなのだ。普通にヤキモチも妬く。が仁王のことで丸井に相談している様子でさえ、あまりお気に召さない そうだ。もちろんの前でそんな態度は一切見せないが、仁王もただその辺にいる男と同じであることくらい丸井 もよく分かっていた。

では、そんな仁王が何故、放課後にの相手をしてやってくれと頼んだか。それはが一人で寂しがらないよう にと仁王が見せた彼女への優しさである。丸井からすればいい迷惑でもあるのだが、特にの恋を応援していたこ ともあり、やはり仕方ないという気持ちにもなる。が寂しい思いをするくらいなら、と仁王も百歩譲って丸井に 頼み事をした。しかし、幸村がいたのは仁王にとっても予想外だろう。




「仁王、ダメじゃないか。彼女に心配かけるなんて」
「何じゃ、急に」
「ちょっと、幸村くん!」
はね、何で仁王がキ・・・」
「あー!!!ちょっと!余計なこと言わないでよ、幸村くん」




は恥ずかしくなって椅子をガタっと音がするくらい勢いよく立ち上がり、大きな声を出すことによって幸村の言葉 を遮った。幸村は笑顔だが、そんな二人の様子を良く思えるほど仁王も大人ではなく普通の男だ。が幸村に 「もう!やめてよね!」と詰め寄っている間に、いつの間にか歩いてきて、後ろからの細い腕を掴んだ。 それと同時くらいだろうか。机の上に出しっぱなしになっていたの国語のノートを掴み、持ったのは。




「え・・・」




の腕を掴み片方の手にはノートを持つと、仁王はの体を自分のほうへ寄せた。そして、幸村と丸井からは見え ないように、ノートで自分たちの顔半分を隠し、の唇に自分の唇を合わせた。は目を閉じることも忘れ、 初めてのキスに驚くことしか出来ない。ノートで隠しているとはいえ、丸井にも幸村にもキスをしていることはバレバレだ。 丸井も同様、今日一番の驚きを見せ、食べようとしていたお菓子を自身の 膝の上に落とした。幸村だけは笑顔である。




「なななななななな・・・!」
「これ以上は見せられんし、のこんな可愛い顔見せたくなか」
「やってくれるね」
「ちゅうわけで続きは別のとこでするぜよ」
「つつつつつ、続き!?」




仁王はの鞄と自分の鞄を持ち、そのままの手を引っ張って教室をあとにした。二人が教室から出ていってしばらくした あと「・・・って、おい!俺に礼の一言もなしかよ!」と言った丸井の声はもちろん届かずに消えていった。




「幸村くん、性格悪ぃーな」
「失礼だね。仁王が珍しくモタモタしているみたいだから、焚き付けてあげただけだよ」




やり方が意地悪ぃんだよ・・・と言いかけた言葉を丸井は言葉を飲み込んだ。結局、今日もから相談事を受け、 二人の惚気っぷりを散々見せ付けられいつも通りの毎日だ、と思いながら丸井、幸村の二人も教室をあとにした。




一方、は教室を出たあとも相変わらず仁王に手を引っ張られており、ついていくように少し急ぎ足で廊下を歩いていた。 無言で早足で歩いていく仁王に少し違和感を覚え、仁王に声をかけるが立ち止まることはない。




「ちょ、仁王くん!?」




何故仁王がを無理矢理引っ張り教室をそそくさと出て行ったか、丸井と幸村は長い付き合いからよく分かっていた 。教室から仁王とが出て行った時、丸井がそこでは何も言わず二人の姿が見えなくなってから「俺に礼の一言も なしかよ!」と言ったのは、仁王を思ってのことである。もちろん、そんなことは一切知らないし、知ることもない。




ただ、後ろから見た仁王の耳がいつもより少しだけ赤く染まっている事を知るのは彼女だけである。





杞憂終幕の合図
(彼が狼に化けるまであと少し)