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「あわわわわ・・・」 「から言ってきたんじゃ。動いちゃダメぜよ」 今、私の視界に映るのは仁王くんの銀色の髪、だけではない。銀色のハサミもである。時折額にあたるハサミが冷たくて、少しでも動 いたら違うところを切ってしまうのではないか、と言う距離である。現在、部活が始まる前の部室で仁王くんに前髪を切って もらっている最中なのだが、やはり緊張する。それは美容師でも何でもない人に前髪切ってもらう、ということとその人物が仁王くんだ からだろうか。視界の中心はハサミに間違いないが、そのハサミの後ろに映る仁王くんの顔は真剣そのもの・・・だからだろうか。 とりあえず、普段仁王くんが集中しているところをあまり見ないせいか、真剣な表情に少し心を乱されてしまう。 「あああ、やっぱちょっと怖い」 「大丈夫ぜよ。俺が切っちょるんじゃから」 「そうだけど・・・」 「俺がの顔に傷つけるわけないじゃろ」 ああ、とってもカッコイイ台詞なのに目の前のハサミに集中してしまってキュンと出来ない。そもそも何故、このようなことに なっているのかを整理してみようと思う。部室に1番乗りした私は、部誌を書きながらレギュラー全員に各自のデータを渡すた め彼らが来るのを待っていた。そんな中、珍しくもレギュラーで1番乗りは仁王くんだったのだ。いつもは同じクラスの丸井く んと来ることが多いけれども、今日は丸井くんは掃除当番なので遅れるとのこと。私は他に誰もいないのを良い事に仁王くんに 駆け寄った。仁王くんもそんな私の頭を優しく撫でてくれた。 「そうだけど、やっぱドキドキする・・・!」 「普段自分で切ったりはしないみたいじゃの」 「不器用だから変になっちゃうの。仁王くんはこういうの得意そうだと思って」 仁王くんが頭を撫でてくれた時、横に流していた私の前髪がはらりと落ちた。そういえば随分長いこと前髪を切っていない。 横に流してはいるが、授業中などもたまにはらりと落ちて来ると少し不快である。よし切ろうと思ったのだが、数年前に自分で 切って失敗した記憶がある。しかし前髪だけで美容院に行こうとも思えない。ここは器用そうな人に頼もう!と思った時、目の 前にいたのは仁王くんだった。仁王くんなら器用そうだし信頼もあるし、何しろ恋人である私の前髪を面白おかしくもしたり しないだろう。そういう経緯で現在に至る。 「普通に切れば良いんじゃろ」 「うん、普通で!」 ちゃんとハサミを縦に使ってくれてるあたり、大丈夫だろうと思わせてくれる。これが丸井くんだったらじょきん!と一気に いかれて「わりーわりー」と軽く言われて終わりだろう。ジャッカルくんは頑張ってくれはするけど結果は残念、みたいな。 真田くん、柳生くんあたりは真面目だから「清らかな前髪」とか言って眉毛の上あたりにされそう。赤也くんはワカメだから 論外。(そんなこと言ったら潰されそうだけど)柳くんは器用そうなんだけど、彼自身の前髪がキレイに揃ってるからお揃いに されそうでちょっと。幸村くんも器用そうなんだけど、明らかワザと「ごめんごめん、失敗しちゃった」とか言ってジグザグ にしたりしそう。総合的に考えても仁王くんが1番! 「やっぱ仁王くん上手だね〜」 「そうかの?まぁの前髪じゃから丁寧にもなるぜよ」 「ふふ、そっかー」 先程までの恐怖はどこへやら。この、ほのぼのとした雰囲気が幸せで鼻歌でも歌いたくなるほどだ。ハサミを器用に使い、 時には横にしたり梳いてみたりとプロの美容師!?と言いたくなるほどの腕前だ。そんな仁王くんにうっとりしてじーっと 仁王くんの顔を見つめても、仁王くんの目は私の前髪に集中してるから目は合わない。でもそれで良いのだ。 仁王くんとこんな至近距離で目が合ってしまったら絶対ドキっとして勢いよく後ろへ下がってしまう。そんなことをしたら せっかく仁王くんに切ってもらってる前髪がぐちゃぐちゃだ。 「もうすぐ仕上げぜよ」 「ありがとー」 嬉しくて、つい足をプラプラさせていると部室の扉が開く音がし、誰か来たのだろうと感じた。目の前は仁王くんがいるため 見えないし、仁王くんは部室を背にしているので見えない。せめて静かな人だと良いなーと思い声で判断しようと「お疲れ様ー 」と私が声をかけたのと同時に、その人物の手が仁王くんの肩へ置かれた。 「やぁ、何してるんだい」 その瞬間、今までとは違うじょき!と言う音がした。そしてあの仁王くんが。滅多に表情を変えず驚いたりしない仁王くんが 「あ」と言った。その後は誰も声を発さず沈黙が数秒続いた。これは、間違いなく嫌な予感しかしない。おまけに仁王くんの 肩に手を置いた人物はあの幸村くんだ。 「あれ?前髪切ってたの?」 「・・・・・」 「・・・・・」 「の足が見えたから何か変な事してるのかと思ったよ」 変なことって何だ。そんなことするわけないでしょう。それより・・・仁王くん、仁王くん。どうして何も言ってくれないのかしら。どうして一時停止したままなのかしら。どうして私の前髪をさっ きよりも凝視してるのかしら。 「って・・・、どうしたのその前髪!?」 「え・・・」 「あはははははは!ユニークだね!」 「幸村・・・」 「な、何!?どうなってるの!?」 ここには鏡がないから分からない。分かるのはあの幸村くんが腹を抱えて涙目で笑っているということだけだ。というか、 女の子を前にしてそんなに爆笑するなんてひどくないだろうか。だから1番幸村くんには関わりたくなかったんだ。 「あー、こんなに笑ったの久しぶりだよ」 「ちょっと!ひどくない、女の子見て笑うなんて!」 「可笑しいものは可笑しいんだから仕方ないだろ?」 「そもそも幸村くんが仁王くんの邪魔なんてするからじゃない!」 「嫌だな、人のせいするなんて。前髪だけじゃなくて性格も曲がってるんだね」 「何ですって!しかも、そんな笑顔で言わないでよ!」 「まぁ精々そのユニークな前髪を仁王に直してもらうことだね」 「何をー!」 「俺は教室に忘れ物取りに行ってるから」 少しは見れる前髪になると良いね、と厭味を言い爽やかに去って行った。私は今にも幸村くんに襲い掛かりそうな勢いだったが 、それは仁王くんが私の頭に手を乗せて止めてくれた。幸村くんには口で勝てないと分かっているのに、つい挑発に乗ってしま う自分が悔しい。悔しくてどうしようもなかったので仁王くんにたまらず抱き着いた。 「うわーん!悔しい!」 「よしよし」 「・・・っていうか仁王くん何で何も言わないの?」 「・・・」 「そんなに変になっちゃった!?」 「そんな事ないぜよ。はどんなになっても可愛いか」 「うわーん!慰めにしか聞こえない!」 仁王くんはぎゅっと抱きしめて頭をよしよしとずっと撫でてくれているが、正直幸村くんに敵わない私を慰めてくれているので はなく、前髪がおかしくなってしまった私を慰めてくれてるのではないだろうか。 「ほら、ちゃんと直しちゃるぜよ」 「え!?・・・直る?」 「元々長めに切っとったからの」 私の理想は目と眉毛の間だった。仁王くんはいざという時のために、あとで調整がきくよう、目にかかるかかからないかのとこ ろで切っていてくれたらしい。最後に細かいはみ出た前髪を調整しようとハサミを横に入れた瞬間、幸村くんに邪魔されたとの こと。今は前髪の右側半分と左側半分がズレたようになっているらしいが、普通に直せるとのことだ。 「まぁこれで大丈夫じゃろ」 「あ、ありがと」 目の前の視界からハサミが消えた。どうやら無事に終了したらしい。前髪を撫でるように揺らして、切った細かい毛を落とした り、私の顔についてしまった髪を取ってくれる。仁王くんの指が顔へ触れる度、ドキドキしてしまうのは仕方がない。 そんな中、仁王くんの顔を見つめているとついに目が合ってしまった。やばい!恥ずかしい!と思い距離を取ろうと思ったが、 仁王くんの手が私の頭に乗せられそのまま唇を奪われた。普段、あまり突然ということはなく、雰囲気に流れるようにキスを してくれるので少し驚いた。驚きと恥ずかしさと嬉しさで固まっていると、今度は素早く「ちゅ」という可愛らしい音を立てて 唇を重ねられた。 「ん、可愛いぜよ」 ああ、もう仁王くんが可愛いと言ってくれれば何でも言いのです。 |
歓喜への魔法
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「俺だって少しは悪いと思ってるから嘘までついて部室を出て行ってあげたんだよ」 「分かってるぜよ」 「どうせあのあとイチャイチャしてたんだろ」 「さぁの。それは俺としか知らなくて良い事ぜよ」 「うざいな」 |