こんなに澄み切った青空をシャッターを切るように瞬きしながら見上げることは滅多にない。晴れた日には一年 で何回も遭遇しているが、こんなに気持ちの良い空の下を実感出来ることは、実は少ないように思う。いつもはサ ボり場所・・・いや、息抜きの場所として定着している屋上だが、こんな清々しい日はご飯を食べるのに絶好の場 所である。
 しかし、そんな気持ちの良い昼下がりに、どうしてクラスメイトでもあり部活も同じチームメイトと共 に並んで昼飯を食べなければいけないのだろうか。教室でも同じ、部活でも同じ時間を過ごしているのだから、何 もお昼まで一緒に過ごさなくても良いだろう。


「しょうがないじゃろ」
「しょうがないってお前、俺利用しただけだろ!?」
が今日は友達と昼飯食っとるから寂しいブン太と一緒に食べてやろうと思っただけじゃ」
「寂しいのはお前だろい・・・」


 まさか仁王がここまで寂しがり屋だったとは、出会った当初は想像もつかなかった。しかし、寂しがると言っ ても「限定」ということを忘れてはならない。
 そもそも仁王は元々クールで一匹狼に近いような男だった。そう見えていた。休み時間なんかは、すぐにふらっと何処かへ行って しまい見掛けることの方が少なかったし、練習の時だってすぐひとりで日陰へと消えていってしまう。出会った当初は何 となく、自由気ままな猫のような男に思えた。周囲は今でさえ、仁王に対してクールだとか落ち着いているだとか 、おそらくそんなイメージを持っているだろう。
 ただ、それでも仁王には何か惹かれるものが存在しているらしい。女はもちろん、男にだって割と好かれている。 自然と周りに人が集まってくることが多いだろうから、例えば修学旅行なんかの班決めとかでは困った事はない ように思う。けど、それでも仁王が誰かに執着することはなく、もちろんそんなイメージもなかった。


「つーかさ、前から思ってたんだけど」
「何じゃ?」
「お前って今、彼女って呼べるのだけ?」
「当たり前じゃろ」


 そう、特に女に限っては来るもの拒まず去る者追わず的なところが仁王にはあった。女関係で良くない噂も多々 聞いてきた。もちろん、それが真実か虚偽かは知らないし分からないが、仁王からしたらそんなことさえも執着しな い、どうでも良いことなのだろう。けど、その噂がしばらくすると全く聞こえなくなった。それと同時に、仁王の 隣にはという女が存在するようになったのにいち早く気づいたのは、この俺だったりする。


「別に以外にも彼女いても良くね?」
「んー・・・」


 女からしたら、いや同性である男からしても相当最低なことを言っているという自覚はもちろんある。にこんな会話を聞かれ たら泣かれるかボコボコにされるかだろう。それでも興味があった。仁王が本当に誰かに、に執着しているのか。
 誰か、とかではなく何か、にさえ仁王はあまり執着を見せない。テニスだって本人からしたら執着があるのかも しれないが、周りの俺達が分かる程ではない。けど、に執着していることは良く分かる。俺じゃなくたって鈍感なあの真田にだって何となく分かっているだろう。

 仁王が何かを言おうとした瞬間、勢い良く屋上の扉が開く音がした。こんな開け方をして屋上まで来るのは、恐ら く全校生徒を見渡しても赤也か、それかしかいない。赤也はさっき職員室へ入っていくのを見掛けたから、 単純に考えて扉を開けた人間はだろう。


「仁王くん、助けて!」


 まるで何かに追われてるかのように危機迫る雰囲気を纏いながらやってきただが、このような事は俺が知る だけでも今までに何度かあったので、俺も仁王も特に慌てたりはしない。その細い脚でパ タパタと仁王の元まで駆け寄って来る姿を見て、何ともまぁ平和だと思った。仁王は仁王で今までとはガラッと雰 囲気が変わり、普段俺達には聞かせないような優しい声でに「どうしたんじゃ?」とか話し掛けてるのをぼんやり聞きながら、俺はひとりで昼飯の続きをした。


「お願い、瓶の蓋開けて!」


 ほら、所詮は大したことない。つーか瓶の蓋くらい、近くにいる他のヤツに頼めよ。そんな俺の心の声は、どうやら口から 出てしまったらしく、がちょっと拗ね気味に「だって、周りに男の子いなかったんだもん」と反撃してきた。 その間に仁王はいとも簡単にが持ってきた苺ジャムの瓶の蓋を開け、は先程まで俺に向けていた態度とは 打って変わって、元気よくはしゃいでいた。アホらしい、と思い俺は再び昼飯を口にする。お弁当に入っていた卵焼きがし ょっぱい味付けなハズなのに、何故か甘く感じたのはまさか仁王との雰囲気に伝染されたからとでも言うのだろうか。


「わーい!仁王くん、ありがとう」
「このくらいどうってことないぜよ」
「じゃあ、みんなが待ってるからそろそろ戻るね」
「あ、ちょっと待ちんしゃい」
「え?」
「ブン太、ちょっと後ろ向いとって」
「はぁ?俺?」


 恋人同士の二人だけの雰囲気を作って、俺を一切侵入させなかったくせに、急に話し掛けてきたのには不意をつ かれた。特に言うことを聞く理由もないが、断る理由もないので仕方なく後ろを向いた途端、「ちゅ」というお昼 休みにはなかなか聞かないような可愛らしい甘ったるい音が聞こえて来た。もう良いか?と仁王に問うと返事 と礼を言われ、振り返ると真っ先に苺ジャムよりピンクで赤いの顔が目に入った。は俺と目が合うと、 余計に頬を紅潮させ、言葉にならない言葉をずっと発している。


「わわわわわっ・・・!」
「ご褒美貰っただけじゃ」
「お前さっきどうってことないとか言ってたじゃねーかよ!」
「まぁまぁ」
「つか、俺がいるとこですんな!」
「悔しかったら早く彼女作りんしゃい」
「悔しいとかじゃねーよ!」
「わわ、私、戻るね!さよーなら!」


 屋上へ来た時と同じくらいの勢いでは扉へ向かって駆けて行った。後ろからでも耳が真っ赤なのが見えて、 俺よりもが1番びっくりしたんだろうなぁ、と思うとだんだん冷静になってきた。仁王はご機嫌そうに鼻歌を 奏でている。仁王の鼻歌なんて滅多に聞けないので、柳に報告してどんな時に鼻歌が出るのか教えて欲しい。 まぁそんなことをしなくても、大体絡みの時だということは想像つくけど。


「なぁ、さっきの答えじゃけど」
「さっき?」
以外に彼女とか作んないのかってやつじゃ」
「ああ・・・」


 今思えば愚問だったと思う。寂しがっているのはに対してだけで、に相手にされなかったからって、 他の女にいくような男じゃない。がダメだからって他の言い寄ってくる女と遊ぶ程、浅はかではない。せいぜい、校内で猫に餌をやるくら いだろう。仁王はそんな自分自身に気がついてないのだ。自覚がないのだ。いや、 仁王のことだから全部理解していて、わざとそう見えるようにしているという可能性の方が高いが。ただ、俺でも確実に分 かっている事がひとつだけある。


「手がかかるんじゃ。ひとりで充分ぜよ」


 それはが仁王にぞっこんのように見えて、実は意外と仁王の方がに夢中だと言うこと。けど、それを本人にも感じさせず、の好きの方が大きいように見せているだけに過ぎない。俺には分かる。というか割 と親しい人間には意外と隠し通せてない気がする。さっきだって、余裕があるようなことを言っておきながら、 内心は自分のところまで来て蓋を開けてなんてお願いされて優越感に浸ってるに違いない。ご褒美貰ったとか言い つつ、本当はに触れたくてキスしたくてたまらなかったに違いない。


「顔デレてんぞ!」


 ひとりが好き?クール?大人っぽい?落ち着いている?そんな幻想を抱いている仁王のファンや仁王を好きな女 たちに声を大にして言ってやりたい。

 仁王雅治も俺達と同じ普通の男だってことを。





あまい吐息に
忍ばせた愛で
追いかけっこ


(早くに会いたいなり)
(今さっき会ったばっかだろい!)