「げほっ、げほっ」
「おい、ホンマに大丈夫なんか?」
「うん、もう大丈夫だから謙也くんは戻って平気だよ」


 選択科目の授業中、咳がひどいに隣の席の忍足謙也が気づいた。は咳をしながらも「大丈夫」と言っていたが、 その様子は誰から見ても大丈夫なものではなかった。それにが「大丈夫」と言うときは、実は大丈夫 ではないことが多いことを謙也はわかっていた。
は普段はテニス部のマネージャーをしている。ハキハキと明るく、マネージャーの仕事を手を抜かずに 頑張っている。部員からは信頼され、とても良いマネージャーだった。でも、あまり弱音を吐かない性格からか 無理をしてでも頑張る傾向があった。自身はそれを悟られないよう、立ち振る舞っているつもりだが彼氏である 白石蔵ノ介と、同じクラスで隣の席・更には部活も同じ忍足謙也の2人はのことをよく分かっていた。


「ちゃんと寝とき」
「うん。あ、謙也くん」
「何や?」
「蔵には言わないでね」
「何でやねん」
「だって蔵に風邪うつしたくないんだもん」
「俺ならええんかい!」


 隣の席のの頬がいつもより熱を持っていたことに気づいた謙也は、先生に事情を説明しを保健室
へと連れて行った。保健室の先生は今日に限って休暇を取っており不在だった。緊急の時には連絡を、と書いて ある紙が貼ってあったが緊急というわけでもないので、とりあえずを保健室のベッドに横にしておいた。
謙也はと少し会話をし、授業もあるので教室に戻ることにした。正直、マネージャーとしても一人の友人としても 仲の良いを一人にするのは心残りがあったが、ここから先は彼氏の仕事だと思い謙也は保健室を あとにした。もちろん保健室から教室に向かう途中、別の教室で授業を受けている白石にメールを送りながら。


***************


!」
「え、蔵!?げほっ」
、大丈夫なんか!?」


 ちょうどがウトウトし、眠ろうかと思っていたところにドアが思いっきり開く音がした。他に休んでいる 人がいなくて良かったと思うであったが、何故白石がここにいるのかという疑問が消えない。しかも今は もちろん授業中だ。ベッドの横で慌てている白石の様子がうかがえる。


「な、何でここに?」
「謙也からメール貰うてダッシュで来たんや」
「(謙也くんめ、あれほど言うなって言ったのに)」
「私は大丈夫だから、蔵は早く教室戻って」
「全然大丈夫やないやんか!それに俺は戻る気なんてあらへんからな」
「戻ってよー」
が治るまではここにおる」


 白石はの顔を見るなり心配で不安そうな表情をしたが、すぐにテキパキと動きだし体温計を用意したり、 タオルを水に濡らしたりとしていた。も身体を無理矢理起こし、後ろから白石のその様子を不満気に 観察していた。風邪をうつしたくないから蔵には来てほしくないのに、というの思いをお構いなしのように 白石はの傍へやってくる。


「風邪うつっちゃうから戻ってよー」
「熱測ったんか?」
「(聞いてないし!)まだだけど」
「確かに熱いなぁ」
「ちょ・・・!急におでこくっつけてこないでよ!」
「ほな先に熱測って」
「うん・・・って!何でシャツのボタン外してるの!?」
「優しいやろ?」
「こら!それくらい自分で出来るもんっ」


 普段、マネージャー業を担っているからか、は人に面倒を見られることがあまり好きではない(というかそういう扱いに慣れて いない)。しかし、白石はテニス部をまとめる部長でもあるため、面倒見が良いほうだ。いつもさり気なく のことをフォローし面倒を見ていたりする。だから今回、が風邪を引いたことは白石にとっては 不甲斐ない事態だった。ただでさえ、自分の愛しい彼女が苦しんでいる姿を見たくないというのに、ここ最近 部活が忙しくて無理にを頑張らせてしまったこと、そしてそれに気づけなかったということが、白石にとっては かなりショックでもあった。
体温計のピピっという音がした。の熱は思ったよりも高く、38℃あった。本人は吃驚していたが 白石はそんなが心配で仕方なかった。


「ちょっと薬飲んで寝とき」
「はーい」
「少し熱下がったら家まで送ったるから」
「良いよ、そんなことしなくて」
「あかん。熱ある時くらい大人しくしとき」


 白石は体温計を元に戻すのと同時に薬を持ってきた。何から何まで無駄がなく仕事が早い、とマネージャーの
でさえ感心してしまうほどであった。そしては、白石に差し出された薬と水の入ったコップを受け取り、大人しく薬を飲むことにした。その後は白石の言う通り、少し睡眠を取るため横になった。


「・・・何でまだいるの?」
「治るまでここにおるって言うたやん」
「授業は?」
「そんなんどうでもえぇ」
「蔵にうつしたくないんだけど」
「俺、そんなヤワな身体とちゃうで」
「でも、」


 には責任感と自覚があった。テニス部としての、だけではない。白石の彼女としてのだ。 自分の所為で風邪をうつしたくない、というのはもちろん誰に対してもある(一応謙也でも)。ただ、白石がのことを思うのと同じで、も白石には特別大事な感情というものがある。彼女としても、テニス部のマネージャーとしても、 白石に風邪をうつしたりという迷惑をかけてしまう行為をしてしまうことが死ぬほど嫌だった。だからいつも弱音などを一切吐かずに、マネージャー業を頑張り 続けてきたとも言える。しかし白石にとって、それは嬉しいことでもあり、寂しいことでもあったのだ。


「弱ってる時くらい、甘えてもええんやで」
「・・・うん」


 横にいる白石はパイプ椅子を持ってきて座りながらの顔を見て、髪を撫でていた。も熱があるからか、 いつもの威勢の良さは捨て、珍しく白石の言う通りにしていた。布団を鼻のあたりまでかぶり、目だけが 見える。その目にはずっと白石の顔が映っていた。白石はさっきまでの不安で心配そうな顔とは違い、 少しやわらかい笑みを浮かべていた。


「何で笑ってるの?」
「たまには素直なも可愛えなと思ってな」
「むー・・・」
「いつもが頑張ってんの俺らはちゃんとわかっとるから」
「ん・・・」
「せやから、たまには休むのもええんとちゃう?」
「・・・ありがと」


 白石はそのままにキスをして、眠るまで傍にいた。もちろん目が覚めた時、が最初に見た人物も白石だったが。ちなみに 寝ている間にが見た夢は、謙也が風邪を引いている姿だったらしい。それが真相かどうかは、後日嫌でもわかる。






白い香りに
つつまれて

(俺だって、たまには甘えて欲しいんやで?)