
都市伝説には色々な種類、様々なジャンルが存在しているように思われる。それらに分類されるであろうひとつ、懐かしい味を謳うこの飴玉の包み紙。この包み紙にメーカーのメインキャラクラーである女の子の顔が切れることなく10人書かれていれば願い事が叶う、しあわせになれる、と言った夢みたいな都市伝説をわたしは今でも信じている。だから、朝の登校中も授業と授業の少ない休み時間もお昼休みも帰りの下校中も、ほとんどと言って良いほどわたしの口の中には飴が転がっている。包み紙を見てはなかなか幸運に巡り合うことが出来ず、結局ただ飴を舐めているだけ。なかなか出会えないしあわせに項垂れながらも、飴の持つやさしい甘さが少しは癒やしてくれる気がした。
「あ、辻くんだ」
今日も下駄箱に向かう途中にひとつ。飴を口の中に放り込んで包み紙を確認すると、女の子の顔が9人までは切れずに印刷されていた。然し、あと1人がなかなか紙におさまってくれない。このパターンには飽きるほど遭遇してきた。包み紙をポケットに仕舞って下駄箱で靴を履き替えていると、同じタイミングで下駄箱から靴を出す辻くんと出会った。辻くんは、わたしの席の右斜め前に座っているクラスメイトだ。辻くんは特に女の子とはあまり話さないらしく、わたしも仲が良いとは言えないかもしれないけど、席が近いためグループ学習の時なんかはよく一緒になるし、挨拶なんかの必要最低限の会話は交わせるくらいになっていた。「今帰り?」と聞いてみると短く「ああ」という言葉が帰って来て、なんとなくタイミングが一緒になってしまったので、そのまま並びながら校門の方へと向かう。
「辻くん、チョコとか持ってない?」
「チョコ?」
「放課後ってお腹空いちゃうんだよね」
賛同はしてくれなかったけど、辻くんは黙って自分のポケットの中を探っている。どうやら何かあるか探してくれているらしい。やがて何かを見つけたらしい辻くんの腕はポケットから引き抜かれ、手の平には何かを握ってるようだ。きっと自分でもそれが何かまだ思い出せないのだろう。そういえば、辻くんの手や指をこんなにも近くでじっくり見たのは初めてな気がする。ちゃんと男の子の手をしているのに美しささえ感じる辻くんの手はゆっくりと開かれた。どうしてか分からないけど、この瞬間がスローモーションみたいに感じて、やたらとドキドキする。
「あれ、その飴…」
「前にに貰ったやつだな」
「ごめん、もしかして嫌いだった?」
「いや、何となく…」
「何となく?」
「勿体無くて食べれてなかった」
高校生のお小遣いでも買えるような飴を勿体無くて食べれないと言う辻くんに意外性を感じながらも少し嬉しくなった。クールそうに見えても少年のような部分を持つ辻くんを可愛いと思ったら失礼だろうか。お腹が空いたと言ったわたしにくれようとしたので「辻くんにあげたんだし、いつまでも取っておくと溶けちゃうから食べてくれると嬉しいな。そういえばわたしもまだ飴持ってたから」と言うと、コクリと頷いて小さく「いただきます」と言って食べてくれた。飴を舐める辻くんに目を奪われそうになったけど、それよりもわたしの目に飛び込んで来たのは辻くんの持つ包み紙だ。
「つ、辻くん…!それ…!」
「それ?」
「いち、に、さん…、じ…10個だ!辻くん10個だ!」
頭にハテナマークを浮かべる辻くんとわたしの温度差は夏と冬の気温差よりも激しいだろう。何しろ生まれて初めて、幻とも言える包み紙にようやく出会えたのだ。わたしは興奮気味に「これ持ってたらしあわせになれるよ!」なんてインチキの占い師みたいな薄っぺらい言葉を必死に喋る。そんなわたしの様子を見た辻くんは、スッとその包み紙をわたしに差し出してきた。
「え、なに?」
「元々から貰ったものだし、欲しかったんじゃないのか?」
途切れることなく鮮明に描かれている女の子10人が視界に映る。辻くんは優しい人なんだな、とまた新たな一面を知れただけでもわたしは幸運に違いない。きっと、クラスメイトの特に女の子たちは辻くんのこういう優しさにはまだ気づいていないはずだ。それこそ勿体無い。「ありがとう。でも、それは辻くんにあげたものだから」と丁重にお断りをした。辻くんからしたら、ゴミにしかならない包み紙を逆に持たされて迷惑極まりないかもしれないけど「辻くん、お願いごと何か叶うかもよ」と言うとひとりごとのように「願い事か…」と呟いていた。
校門を出ても、変わらずふたりで並んで歩いている。帰る方向が同じなので、今更どうしようもない。きっと辻くんは今のこの状況に困ってると思う。だって、思ったより会話をしてくれた辻くんに嬉しさを感じつつも、今日もまだ一度も目が合っていない。
「ねえ、辻くんってもしかしてわたしのこと嫌い?」
思い切って蓄積させていた疑問を本人に問いかけてみた。確かにクラスメイトの他の女の子たちより喋ってくれるけど、それはあくまで席が近いという理由が存在しているからだ。わたしも斜め後ろから辻くんを見ることはあっても、なかなか正面から辻くんの顔を見れたことがない。「そんなことない」と言ってくれる言葉だって、地面に静かに落ちる。
「だって、他の女の子以上にわたしと目合わせてくれないよね?」
「それは、の方だろ」
「え?!そんなことないよ」
予想外の答えが返って来て驚きと焦りが生まれた。何故自分はこんなに一生懸命否定をしているのだろう。子どもみたいで恥ずかしい。そんな自分を必死に誤魔化すように「でも、目合わせられない人っているよね」とその場を取り繕うように言葉を無理矢理生んだ。「例えば?」と聞かれたので「数学の先生!絶対当てられるから!」と答えると、辻くんは静かに笑ってくれた気がした。そういえば、辻くんのこんな風に笑う表情も初めて見た気がする。今日は辻くんの新しい一面を知れた日とでも手帳に書き込んでおこうか。
「あと、好きな人とか」
「好きな人?」
「うん。もし好きな人と目合ったら、わたし多分心臓止まっちゃう気がする」
悲しいことか、生まれてからまだ一度も心臓が止まりそうになったことはないけど。でも、例えば画面の中にいる俳優やアイドルと目が合うと勝手にすごくドキドキする。画面越しでさえ、そうなってしまうんだから身近な好きな人と目が合ったら卒倒してしまうんじゃないかと思う。違うクラスの好きな人と目が合った、と興奮気味に話してくれる友人だって少なくない。わたしもそんな衝撃的な恋をしてみたいと憧れるようになってどのくらい経つだろう。
「そういうものなのか」
「わからないけど、そんな気がする」
最初は、普段あまり喋ってくれない辻くんとこんなに長い時間ふたりでいて、気まずくならないだろうかなんて心配したりもしたけど杞憂だったみたいだ。なんだか楽しくて、スキップしたくなるほど浮かれたわたしのローファーを履いた足は何も転がってない道で躓いた。幸い転びはしなかったものの、無防備に半分ほど空いていたバッグからは飴の袋が地面に落ちてしまった。拾おうと屈むと、辻くんも同じことを思ってくれたのか、わたしより先に飴の袋に辿り着いた辻くんの手が視界に入る。ありがとう、とお礼を言おうとした瞬間だった。
―辻くんと、初めて目が合った。
ありがとうの5文字を最後まで言い切る事が出来なくて、まるで魔法がかかったみたいに時間が止まる。ふたりの間に静寂が流れてるみたいだ。時間にすると数秒のことなのに、やたらとその時間がゆっくりと感じられて、その魔法を慌てて解くように「あ、ありがとう」と吃りながら言うと、わたしより先に辻くんは無言で立ち上がった。
「俺、」
膝を伸ばし、わたしも続くように立ち上がる。そうだ、辻くんと目が合わない理由がようやく分かった。辻くんだけじゃない、わたしも辻くんと目を合わせないようにしていたからだ。
「今、初めて心臓が止まるかと思った」
それはわたしの台詞です。