まぶしいくらい輝く人工的な落ち着いた光が、夜の街をうつくしく彩る。そんな街の大通りから一本入った、一見ではなかなか辿り着けないようなバーに赤司はいた。客は決して多くないが、明るすぎない照明と静かで重厚な雰囲気の店内で、赤司はグラスに入った酒をゆっくりまわし、ひとりの女性を待つ。穏やかにゆれる酒に見とれていると「赤司くん」と名前を呼ぶ澄んだ声が聞こえた。むかしから何度も聞いてる声だからかは分からないが、赤司は不思議と心地好さを感じる。

「わたしの方が早いと思ったのに」
を待たせるわけには行かないからね」

 白いワンピースと華奢なヒールがよく似合う彼女は、赤司の幼馴染的な存在だと述べるのが適当だろうか。家が隣で、も赤司と同じように世間からは名家のお嬢様と呼ばれるような人間だ。社会人になった今、赤司はひとりでマンションに住んでいるがは変わらず実家に住み続けている。小さい頃は同じヴァイオリン教室や乗馬クラブに通ったり(は途中で泣いて辞めた)、中学生の頃までは同じ学校にも通っていた。赤司が帝光中学のバスケ部に入ると、その後を追うようにもバスケ部のマネージャーとなり異性の友人も増えた。しかし、高校になると赤司は京都へ、は名門女子校へと進学し離れ離れになる。家族が少ない赤司にとって、隣に住んでいたは誰よりも近くにいてくれる、心を許せる数少ない存在だった。京都と東京、離れることにはなっても時折連絡を取ったりはしていた。そして、社会人になった赤司がようやく東京へ戻って来たので、ふたりでご飯に行ったり帝光時代の友人らと一緒に飲みに行く機会も出来たようだ。
 立ち上がった赤司が椅子を引くと、は「ありがと」と微笑み、赤司の隣に腰掛けた。お酒を飲む場所に来てもオレンジジュースを頼むところは相変わらずだ、と赤司はひとりで思う。

がオレを誘ってくれるなんて珍しいね」
「そうかな?ちょっと赤司くん相談したことがあって…」
「オレに?」

 些か神妙な表情を浮かべながら俯くの横顔に、赤司は「何だい?」とやさしく問いかけるが、はなかなか口を開かない。細い太腿の上で両手をぎゅっと握りしめ、何かを決心しているようだ。どうやら真剣な話らしいと判断した赤司は「ゆっくりで良いよ」とささやくと、は意を決したように「うん、あのね」とゆっくり言葉を紡ぎ始める。顔を上げ、真っ直ぐ前を向いたは深呼吸をし、赤司の双眸に自身の純粋な目を合わせる。

「わたし、処女を卒業しようと思って!」

 思考回路が追いつかないという経験を久々にしたような気がした赤司は、しばらくまばたきが出来なかった。脳髄に与えられた刺激は予想以上だったらしい。バスケを真剣にやっていた時よりも仕事のことを考えている時よりも頭の中をフル回転させるが、たくさんの疑問符がぐるぐると浮遊してるだけで答えなんて何も出ない。カウンターにバーテンダーがたまたまいなかったのは幸いだろうか。こんな静かな落ち着いた場所で何てことを言うんだ。いや、あのの口から「処女」なんて言葉が出るのが驚きだ。一体どこでそんな言葉を覚えてきた。に聞きたいこと言いたいことが山ほどある赤司は、自分の乱れているこころを無理矢理落ち着かせようと試みる。

、今何て言った?」
「え、だから処」
「いや、やっぱり言うな」
「え〜、赤司くんが聞いてきたのに」
「こういうところでそんなことを言うな」
「じゃあどこだったら良いの?」
「どこでも良くない」

 自分らしくもない。落ち着こうとグラスを持つ手が些か震えている。赤司の思考の整理が落ち着かないことなどお構いなしに、はのんきにオレンジジュースをストローでひとくち飲み、かき混ぜる。カラカラとグラスに当たる氷がおだやかに鳴るその音でさえ、赤司には聞こえていない。

「どうして急にそんなことを思ったんだ?」
「んー、急じゃないけどみんなに置いてかれてる気がして何かさみしいから」
「そんな理由でそんなことを言うな」
「そんな理由じゃない!女には色々あるの!」

 おだやかに育ったは滅多に声を荒げたりしない。そんなが赤司の瞳を真っ直ぐ見つめ、譲れない思いでもあるかのような一途さをぶつけてくる。「もう大人なのに彼氏とか出来たことないし、もちろんそういうこともしたことない。でも周りのみんなはとっくに経験しててなんか大人だなって。楽しそうに話してるの聞いてると、わたしもそうなりたいって思ったの」と、世間から置いてけぼりにされているように感じているは真剣に悩んでいるようだ。その切実な想いは分からなくもないが、だからと言って「そうか、応援するよ」と言えるような内容でもない。

「まずは好きな人とか恋人を作れば良いんじゃないのか」
「そんなことから始めてたら遅いの。もうわたしはとにかく一刻も早く処女を脱出したいの!」

 本当に好きな人と、本当にそういうことをしても良いと思える人に出会えたらで良いじゃないかと言いたいところではあるが、の必死さに赤司は思わず口を噤んでしまった。女性なのだからもっと自分を大切にしろだなんて説教じみたことも言いたくなったが、まずはの話を一通り聞くことにした。悩みごとなどは意外と人に話すだけで満足出来ることもある。行動に移す前に、解決することもある。

「それでね、やっぱり知らない人よりは知ってる人の方が良いかな〜と思って今相手を探してるんだけど」
「…」
「わたし、男の子の友達って中学の頃…っていうかバスケ部のみんなしか知らないから誰にしようかと思って」
「あいつらから選ぶのか?!」

 普段は穏やかな赤司の表情が一気に歪む。もそんな赤司を見るのは珍しいのか「赤司くん、どうしたの?顔ヘンだよ」などと笑いながら言っている。そして、呆気に取られている赤司など構わずにひとりで語り始めた。

「さつきちゃんにもちょっとだけ相談したんだけど…まず緑間くん。緑間くんは真面目だしなんだかんだで面倒見が良い人だから絶対断れられるって言われた。それか動揺して何も出来ないかもしれないから不可だって。黒子くんも「それはダメです。そういうことは本当に好きな人とするべきです。もっと自分を大事にして下さい」とか淡々と言われそうだからやめた方が良いって。青峰くんは巨乳が好きらしいし「面倒くせえ」って断れると思うよって。その「面倒くせえ」に青峰くんの優しさが入ってるかもしれないけど…ってさつきちゃん言ってたけど、どういう意味だろう。まぁ、いいや。紫原くんはね、絶対やめた方が良いよって言われた。初めてじゃ大きすぎてキツイかもって言ってたけど、これも意味分からなかったんだよね。それで、最後に黄瀬くん。黄瀬くんはモデルだから女の人の扱いも慣れてると思うし、優しいからもしかしたらちょうど良いかもしれないってさつきちゃん言ってた。だから黄瀬くんにお願いしてみようかなって思うんだけど、男の人として赤司くんから見たら誰が良いと思う?」

 この幼馴染は頭のネジが飛んでしまったのだろうか、そう思うもはずっと真剣に話している。「お前、本気で言ってるのか!?」と言いたいところだが、いくらむかしからの付き合いとは言え女性にお前と言うのは躊躇われる。何よりこんな必死なは初めてだ。

「…ちょっと待て」
「え、何?」
「何故オレが入っていない」
「あ、確かに。でも赤司くんって彼女とかいるんじゃないの?」
「いないよ」

 口に小さな手を当て「えー意外」とが驚く。むしろ他の帝光メンバーにも恋人がいるとは考えなかったのだろうか。確かにこれまで赤司には恋人という存在がいたことは何度もある。けれど今はいない。赤司はもう一度深く息を吐き、先ほどのと同じように真っ直ぐとの双眸を見つめた。こんなに無垢であいらしい瞳の持ち主を赤司は以外知らない。

「オレが貰うよ」
「え、貰うって何を?」
の初めてを」
「え?!う、うそ!本当?」
「ああ、だからあいつらに頼むなんて馬鹿なことはしないでくれ」
「やったー、赤司くんなら気心知れてるし安心かも」

 処女ではなくなる、ということがどういうことなのか本当に理解をしているのだろうか。そんな不安もあるが、これで大事な幼馴染、いや自分にとって大事な女性の初めてが他の男に奪われないで済むという安堵感もある。しかし、愛しい純粋な女性と一夜を遂げるのはそう容易ではない。、いや赤司の戦いがここから始まるのだった。


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