目の前の特大いちごパフェに映るわたしの顔は地味極まりない。

 万事屋へ甘味の配達中に歩いてきた歌舞伎町は相変わらず華やかで楽しそうだった。みんな活き活きとしていて、そのせいか特に女性たちはとても美しく見える。わたしだって日々たのしく生きてるつもりではいるけど、かわいい女の子やキレイな女の人を見ると、とにかく羨望の気持ちを抱いてしまって仕方がない。きっと、わたしには欠片も存在していないキラキラした何かを持っているからだ。お化粧はよく分かってないからほとんどしてないし、髪は簪もつけずに適当。流行りの着物にはついていけてない。そんなわたしのつまらない話を聞いてるのか聞いてないのか、目の前の男は好物のいちごパフェを食べ始めた。


「大丈夫だ、お前は充分イイ女だから」
「いや、適当でしょ。面倒オーラが隠せてません」


 ため息をひとつ吐いたわたしは、あまりやわらかくない万事屋のソファーに腰を落とす。やわらかくないくせに不思議と居心地は良い。今日は新八くんも神楽ちゃんもいないようで少しさみしいけど、わたしはほとんどと言って良いほど甘味のお届けに来たついでに一時間くらい居座ってから帰る。銀ちゃんはうちの茶屋の数少ない常連で、普段はメニューにないようないちごのパフェなんかも特別に作ってデリバリーをすることがあるのだ。


「銀時、邪魔するぞ」


 ゆっくりガラガラと扉が開く音が聞こえたので視線を向けると、そこには数少ないうちの茶屋の常連客その2が立っている。常連客と言っても銀ちゃんとはすこし違って、この人の場合は数日間の短い間だけ毎日来たかと思いきや、ぱたりと急に来なくなる。甘いものはそんなに好きじゃなさそうで「ここのお茶はなかなか美味いな」などと言い、隣にはいつもエリザベスさんという白い生き物を連れてるすこし変わった客だ。風みたいに気まぐれで、当たり前のように来たり来なかったりするけど、そろそろ来るかなって思うと必ず現れる。


「なんでお前いつも急に来んの?」
「あれ、今日エリザベスさんは?いないの珍しいですね」
「エリザベスは有給休暇だ。、お前こそ今日は珍しく店にいないと思ったらこんなとこにいたのか」
「こんなとこってひどくね?っていうか有休ってなに?あいつそういうシステムなの?」
「もしかしてお店来てくれたんですか?」
「久々にお前のとこの茶を飲みたくなってな」
「ねえねえ銀さんのこと無視してない?ここ俺ん家なんだけど」


 新八くんがいないので、とりあえずわたしが桂さんにお茶を出す。職業柄、お茶を出すのは慣れっこだ。ここに来た理由を話すと「デリバリーなどということもやってるのか。それでは俺も今度お願いするとしよう」なんて桂さんが言うので、甘味ならともかくお茶のデリバリーって意味ある?と思いつつ、どの辺に住んでるのか気になったので聞こうと思ったら銀ちゃんが「つーかヅラ、お前どこ住んでんの?」とパフェを頬張りながら聞いてくれた。そしたら桂さんはふっと笑って瞑想するみたいに目を閉じて黙ってしまった。いや、何か言ってよ。妙な静寂にたえきれなくなったわたしは、さっきまでこんな話してたんですよ〜と銀ちゃんに話していたつまらない話を場の繋ぎとして披露するハメになった。


「そういうことなら俺に任せろ」
「え?」
「無理矢理簪をつける必要はない。髪型を変えたいなら手始めにカリスマ髪結いがいるような店に行け。そしておそらく雑誌を置いてくれるからそこで今時のファッションを学ぶと良い。すべて取り入れなくても例えば帯や巾着などひとつ流行りのアイテムを入れるだけで見違えるはずだ。それから化粧はベースが大事だぞ。瞼の色の濃淡はあくまでさり気なく、頬紅は場所が大事だぞ」


 長い。桂さんってこんなに喋る人だったんだ。いきなり饒舌になった桂さんに呆気に取られてなにも言えなくなってしまった。ぽかんと間抜けな顔をしているであろうわたしと違って桂さんはすごく満足そう。何のアドバイザーですか。


「ヅラ、詳しすぎて気持ち悪い」
「銀時、お前も俺の女装の腕前を知っているだろう」
「え、桂さん女装とかするんですか?趣味?」
「違う、仕方なくだ」
「その割りにお前いつもノリノリだけど」
「そんなことあるはずなかろう」
「つーかそれ長引きそう?今日ジャンプの発売日だったの思い出したから俺ちょっと買いに行って良い?」


 ジャンプは月曜日が祝日だと、土曜日の今日に発売するらしい。どうでも良い。わざわざデリバリーにやってきたわたしを置いていくなんて、と思いつつも銀ちゃんより桂さんの方が今回は頼りになりそうだから適当に「いってらっしゃい」と言うと「じゃあ留守よろしく」と言ってぽんこつスクーターを走らせあっという間に行ってしまった。
 そういえば、桂さんとこうしてせまい空間の中で二人になるのって初めてな気がする。お店に来てくれる時、いつもどんな話をしてたっけ?と頑張って思い出そうとしてもなかなか思い出せない。気まずくなるとまでは思ってないけど、ちょっと緊張しちゃうかも。


、ちょっと顔を貸せ」
「なんですか、その一昔前のヤンキーみたいな言い方」
「良いから貸せ」
「え、めちゃくちゃこわいんですけど」


 そもそも貸せってどういうこと?と思っていると、桂さんは着物の中から紅と筆を取り出した。鮮やかだけどやさしい色で、例の女装とやらが急に必要になった時のためにある程度のお化粧品を持ち歩いているらしい。え、わたしより女子力高いしなんだかこわい。わたしなんてすぐに塗れるリップクリームを持ち歩くくらいで、その他のお化粧品なんて持ち歩いていないことの方が多い。そんな桂さんに軽く引いてると、急に桂さんの指がわたしの顎に触れた。桂さんの指のことなんて大して考えたことなかったけど、思っていたよりも長くて、桂さんの指が動いてからわたしの顎に触れるまであっという間だった気がする。


「口をすこし開けろ」


 あれ、もしかしてわたしドキドキしてる?まさか、相手は桂さんなのに?桂さんの指がキレイなのに意外とゴツゴツしてて、なのに顎にそえられる手はやさしくて意味わかんない。言われた通りくちびるをうっすらと開くと紅がついた筆がくちびるにやわらかくのせられる。今までは適当にリップクリームを直塗りするくらいしかしたことなかったから、こんなに丁寧に塗るなんて初めてかも。目線をどこに向ければ良いかわからなくて、もし目が合ったらって思うと心臓が飛び出ちゃう気がしてなかなか目の前の桂さんの顔を見れない。でも気になってちらりと見遣ると、端正な顔立ちに浮かぶ意思の強そうなまぶしい双眸がわたしのくちびるに集中してて、どうせならもっとリップケアしておけば良かったとか自分でもおかしなことを考えたり。仕方ないので、とりあえず斜め下の床を見ることにした。何かこぼしたみたいなシミがあるよ、銀ちゃん。それにしてもなんだか息が苦しい。きっと桂さんの指に鼻息がかかっちゃったらどうしようとか色気のないことを考えてるからだ、そうだ。


「やはりな、俺が思った通りだ」
「何がですか?」
「お前のような女は、紅をすこしひくだけで充分美しくなれる」


 手鏡をのぞくと、そこには今まで出会ったことのない自分が映っているようですこし恥ずかしい。それが紅のおかげなのか、桂さんのせいなのかは分からないけど、お世辞でも「美しい」と言ってくれた桂さんに「そうですね」というのはおかしな気がして、でも「そんなことないですよ」と言うことはとてもじゃないけど出来なかった。


「ん?」
「え?」
「じっとしていろ。俺としたことが少しはみ出していた」


 顎や皮膚などに触れられているのとは全く違う。桂さんの親指がわたしのくちびるの端に触れて、呼吸とまばたきを忘れてしまうくらい自分の中の時間がとまった。満足そうな桂さんの前でわたしの体は熱くて爆発しちゃいそう。硬直したままのわたしを見て、桂さんが心配に思ったのか「もっと自分に自信を持て。そして笑え」と言ってきたのでとりあえず無理矢理笑ってみることにした。せっかく頑張って笑ったのに「いや、ひきつっててこわい」と真顔で言ってくるので「桂さんが笑えって言ったんじゃないですか」なんてやり取りをしているうちに、わたしの緊張もほぐれてきたのか普通にしゃべって普通に笑えるようになっていた。そんなわたしに気づいた桂さんが穏やかな笑みを浮かべてるから、ついどうしたのかと聞いてしまう。


「似合ってるじゃないか」


 そんなこと言うもんだから、わたしはまたうまく笑えなくなる。


「桂さんのくせにバカ」


 せっかく華やかにしてもらったくちびるなのに、かわいくない言葉を言うのがなんだか躊躇われて、ちいさな声で聞こえないようにつぶやいた。思いっきり言いたいけど、言えないのがなんだかくやしい。銀ちゃん、早く帰ってきてよ。いや、やっぱりまだ帰ってこないで。このくやしさは不思議と居心地が好いから。