「僕は自分が傷ついてまで好きな人を応援出来るほど器用じゃありませんから」


 部活の休憩中、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。言った本人がどういうつもりで言ったかは分か らないけど、黒子っちの口からさらりと出たその言葉は、俺に躊躇いと動揺を少なからず与えた。
 黒子っちが意味深な台詞を発したあと、すぐに集合の合図がかかった為、お互いそれ以上このことについて何かを 話すことはなかった。そのまま気分が落ち着かず、練習のミニゲームではパスを受け取り損ねるなどのイージーミス までしてしまい、青峰っちに馬鹿にされる始末。それでも、ただ笑って誤魔化すことしか出来ないなんて何とも滑稽 だ。
 練習を終え、着替えも終え、さっさと家に帰って一人で落ち着こうと思った矢先、これまたタイミング悪く彼女が 俺に話し掛けてくる。それも上目遣いで。いや、俺の方が背が高いんだから彼女が上目遣いになるのは当たり前っち ゃ当たり前なんだけど。


「ねね、涼太くん」
「な、何スか?」
「あのね、お願いがあるの」


 女の子のお願いに男は弱いものだが、その女の子を意識しているのかしていないのかで、かなり違いがあるように 思える。先日まで・・・いや、つい先ほどまで全く意識していなかった彼女なのに、黒子っちが変な事を言ってきた せいで、彼女に対する感情を少なからず意識するようになってしまったのだ。


「あのね、私を・・・女にして!」




06:シャララ黄瀬くんに

        女にしてもらう





「・・・は!?」
「私を女にして!」
「え、ちょ・・・意味分かってるんスか?」
「え?うん」


 彼女の一言は、先程黒子っちに言われた一言なんかよりも全身に衝撃を受けた。な、何!?今・・・この子なんて 言った!?女にして・・・おんなにして・・・オンナニニシテ・・・つまり・・・え!?そういうこと!?だってあ んなに純粋であんなに恋愛のことを知らなくてあんなに一途で恥ずかしがり屋(好きな男に関わること限定)なっちが・・・えええええええ!?


「ちょっと涼太くん。・・・涼太くんってば!」
「え・・・あ、」
「だからね、私・・・他の女の子みたいにキラキラ可愛くなりたいの」
「・・・は?」
「涼太くん、女の子のファッションとかメイクとかさつきちゃんよりも詳しそうだし」
「・・・あぁ」
「だから私が可愛い女の子になれるように協力してほしいの」


 分かりづらっ!紛らわしいっつーの!・・・まぁ良く考えればっちがそんなこと言うわけないだろうし。何だか焦って損した・・・つーか俺間抜けすぎっス。
 でも、やっぱり彼女がこうやって頼ってくれるのは悪くない・・・ってかちょっと嬉しいとか思ってしまう自分が いる。他の男のためにだと分かっていても、微笑ましく思ってしまうのだ。・・・あれ、じゃあ別に恋愛感情とは違 う?・・・なんて、そんなことも分からずに自問自答する自分はやっぱり間抜けだ。


「じゃあ明日練習も休みだし買い物にでも行くっスか?」
「うん、行きたーい!可愛い服一緒に選んでね!」


 この会話だけ聞けば、まるで俺達が仲睦まじい恋人同士のようではないか。いやいや、俺は彼女の恋愛のため。一 生懸命、一途に頑張っている彼女の恋愛を応援するために協力するだけなのだから変な下心なんて持たない、持って ない。とにかく、しつこい程そう自分に言い聞かせて明日に備えることにした。


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 翌日。お互いの教室や校門だと目立ってしまう恐れがあるため、学校から少し離れたカフェで待ち合わせすること を提案した。今更何をコソコソしているのだろうか。俺と彼女は普段からよく会話をしているし、廊下で擦れ違った 時なども挨拶やちょっとしたお喋りをする仲だ。桃っちだってそう。それに、っちがバスケ部のマネージャーを やってるってことは他の生徒だって知ってるだろうから、別に二人で待ち合わせをしたとしても何の問題もない。俺 がモデルということを差し引いても(失礼かもしれないけど)っちなら大丈夫だと思う。


「あ、涼太くん。こっちこっち」


 しかし、待ち合わせなんてしてしまったら本当にデートのようじゃないか。おまけに俺がモデルということを気遣 ってか、大声ではなく少し小さく控えめに俺を呼ぶのがまた彼女の良いところだとふと思った。普段は元気で明るく て少しドジで、でもちゃんと思いやりがあって人を気遣かったり立てたり出来るところがギャップのように感じられ て、いつも真っ直ぐで裏表のないその性格が一緒にいて楽しいな、とか思ったり。


「じゃあ行こっか」


 でも、やっぱり距離感はあるわけで。当然と言えば当然だけど、お互いの間に人ひとり分空いてるこの距離感。別 に不自然でも何でもないのに、少し寂しい。今、彼女の横にいるのが俺ではなく赤司っちだったら、この距離感はま た違うのだろうか。以前二人が買い出し(っちはデートって言うけど)に行った時より、二人の距離は狭まって いるのだろうか。普段メールのやり取りなどしたりしているのだろうか。そんな些細なことが気になって仕方ない。


「涼太くん、これどうかな?」
「うーん、それも似合ってるけどっちこっちも似合うと思うっス」
「ふわふわシフォンだ!こういうの好き!」
「うん、可愛い可愛い」
「でもさ、私がこういうの好きでも・・・あ、赤司くんもこういうの好きかなぁ」


 いつもの俺だったら絶対「大丈夫っスよ!(つーかっちなら何着ても可愛いって言うと思う)」とか彼女を 安心させる言葉を絶対言っているはず。なのに、そんなことも言ってあげられないなんて・・・俺って意地悪過ぎ。 つーかカッコ悪。「似合ってるから大丈夫っスよ」なんて有り触れた意見だけ述べて、さっさと店をあとにするこ とにした。


「よし、次はメイクだ!」
っち今何かしてる?」
「グロス塗ったり睫毛上げたりくらい・・・」
っちは今くらいがちょうど良いと思うっスけど」
「えー、でもみんなメイクとか上手にしてて可愛いじゃん」


 確かに、っちは周りの女の子たちに比べるとほとんどメイクをしていない部類に入るだろう。今時、男の俺 だって撮影の時にファンデーションを塗るくらいなのだから。でも、本当にっちは今くらいでちょうど良いと思う。あまり飾らずに、そのままで充分良い。ただ、女の子が何かのために ファッションやメイクを頑張って、可愛くなろうと努力することはきっと良いことなんだと思う。まぁ、もちろんっちならメイクしても可愛いんだろうけど、あんまり可愛くなりすぎても・・・ってうわあああああ!俺、何 言ってんだ!?


「涼太くん?」
「あ・・・ごめんっス」
「最近多いね、そういう感じ。大丈夫?」


 そういう感じとは頭を抱えたりボーっとしてしまうことを言っているのだろうか。いや、要因はっちなんスけどね。・・・なんてことはもちろん言えず。こういう風になるのが自分でも初めてでよく分からない。
 もしかしたら俺は今まで本当の恋愛をしてなかったんじゃないだろうか。今まで何人も彼女とかいたりしたけど 、こんな気持ちになったことは一度もない。けど、これが恋愛なのかと言われるとそれはハッキリとは分からない。
 あんまり頭を抱えすぎると彼女に心配される(というか不思議がられる)ので、即座に自分を立て直す。彼女が メイクの勉強をしたいというので、俺が普段撮影で使ってるスタジオのメイク室を貸してもらうことにした。今は 何の撮影も入っていないらしく、30分のみメイクルームを貸し切りしてくれるらしい。初めてのそういった現場に、 彼女は興味津々で目を輝かせていて新鮮で少し可愛いと思ったり。馴染みのメイクさんに「彼女?」なんて小さく 言われて軽く否定しておいた。


「すごいね、何か緊張しちゃう」
「そうっスか?まぁここならメイク道具たくさんあるし便利っスからね」
「化粧品って色々あるんだね・・・」
「はい、じゃあ目閉じて」
「・・・え!?りょ、涼太くんがしてくれるの?」
「うん」
「すごいね、涼太くんそんなことまで出来るんだ!」


 普段メイクさんの手つきを見慣れているからっていうのもあるけど、下心があったのかもしれない。
 肌に何もつけていないという彼女の頬は、とても柔らかくてずっと触っていたいと思わされた。でも、同時に自分 みたいな男が触れたらせっかくの肌が汚れてしまうのではないか、という感覚に陥って手を伸ばすのを躊躇ってし まう。目を閉じた彼女の睫毛は、ビューラーをしているだけだと言うのに、頬に影が出来てるくらいお人形のよう に長い。その純粋な素朴さにどんどん惹かれていくばかりだ。あまり意識をして彼女の顔を見たことがなかったた め、少しだけ驚いた。


「んー、何か人にやってもらうの楽で気持ちー」


 一通り彼女の肌にファンデーションをのせると、目を閉じたまま本当に気持ち良さそうな顔をしていた。口紅や グロスなんかを塗らなくても可愛らしい彼女の唇。この唇に自分の唇を重ねることは簡単だ。それに鈍感な彼女だ から、キスをされたとは思わず口紅をつけられてるくらいにしか思わないかも。(それは失礼か)あ、何かヤバイ 。でも、時既に遅し。恐る恐るその唇に近づいていく。けど、次の瞬間メールの着信を告げる音が部屋中に甲高く 鳴り響いた。


「うわ!」
「え?ああ、電話?」
「・・・メールっス」
「そんなに驚かなくても良いのに」
「集中してたから驚いたんスよ。しかも・・・うわ」


 開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。メールの差出人は我等が帝光中バスケ部キャプテン赤司征十郎だ。 明日のミーティングについて1軍メンバーに一斉送信でメールを送ってきた。一斉送信だけど・・・何となく俺に 狙いを定めるかのように送ってきたと思えて仕方がない。だってあのタイミングだし、何より何でもお見通し的な 赤司っちだし。つーか、黒子っちが気づくくらいだから、赤司っちも俺の気持ちに気づいてたのかも。つーか、俺の 気持ちって何だ?


「どうかした?」
「・・・いや、赤司っちから明日のミーティングについてのメールだったっス」
「え!あああ、赤司くんから?」


 別に彼女にメールが来たわけではない。おまけに内容は他愛もない部活のことだ。それなのに、赤司っちの名前 を聞いただけで動揺して、チークも塗っていないのに頬を林檎のように赤く染めるなんて。でも、そんな彼女が微 笑ましいと思うのは紛れも無い事実。悔しいとか嫉妬とかそういう感情は多分無い。むしろそんな彼女が少し羨ま しい。さっきはついキスをしてみたいとか思ってしまったけど、一度冷静になってみると、さっきの自分は何を考えて いたんだとさえ思える。


「何でっちが慌ててんスか」
「だ、だって・・・」
「・・・っち、今日もだけど最近すごく頑張ってるっスね」
「え?そ、そうかな・・・みんなに協力してもらえてるおかげだけど」
「もしかしてさ・・・」
「えっ・・・あ、うん・・・」


 でも、これはある意味きっと恋。ただ、ちょっと普通とは違う恋なのかも。だって、純粋に彼女の恋を応援したくな るのだから。恋をしている彼女に恋をしているだけなのかもしれない。


「私・・・明日赤司くんに告白する・・・!」


 そっか、と頑張ってほしい気持ちと少し寂しい気持ち。これはあれか。育てた雛が旅立ってしまう親鳥の気持ち なのだろうか。ああ、それに近いかもしれない。うん、そう思うことにしよう。


「うん。っち今まで頑張ってきたっスもんね」
「みんなも協力してくれたから頑張らなきゃと思って・・・!」


 頑張って、と言うと彼女は今日一番の笑顔を見せてくれた。そしてグッバイ、俺の奇妙な初恋!(?)




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